III. ミネソタ本『スベクルム』の装飾この写本の装飾は,各書の書き出しの大きなイニシャル文字に,おもに,赤と青(濃紺)の2色で,ペン装飾形式による(pen-flourished。先端がベンにより装飾されている装飾方法。この訳語として,ここでは,ペン装飾形式と呼ぶ。)文様モチーフの組み合わせの装飾がみられる。物語場面は無い。字形の枠内の空間は,赤と青(濃紺)の2色に塗りわけられ,そこに,小さな植物モチーフが白色でしばしば描き込まれる〔図1J。文様は,植物文様,幾何学文様,魚、のモチーフなどの組み合わせである。文様と色の組み合わせの意匠は,すべてのイニシャルで異なっており,同一の装飾は,2っとしてない。しかし,文様モチーフの種類,その組み合わせの方法と原則は一定しており,極めて,統一的な文様装飾である。文様は,植物文様と幾何学文様の組み合わせである。植物文様は,植物文(蔓状のヴァリエーション),葉形文(3葉形)[図2J, 5弁花〔同図下方〕などである。蔓状植物文(組紐文)の先端に小円や点が描き添えられて泡沫のような印象を与える文様(ここでは,泡沫文様とする)が多用され〔図1の中央J,小円や点なしに,白いままの蔓状植物丈で飾ったイニシャルもある〔図3J。ほとんどの装飾イニシャルは,赤と青の2色による彩色がなされている。しかし,Jam巴sFord Bell Libraryの2巻めと,Bakken Libraryの2巻めは,いずれも巻の途中から,緑が加わり,Bakkenの第2巻の2つのイニシャルは,赤,青,緑,茶色の4色である(f.9 ,Q.f.85v B)。この2巻は,章の書き出しの小装飾文字にも,緑が用いられている。とくにBakken(2),f. 85v. B [図4Jは,他にない葉形のモチーフの組み合わせである。文様モチーフの種類は豊富であるが,同時代の低地地方やフランス北部の写本に,物語場面ともに,あるいは,周囲の装飾に,汎用されているものである。この写本の特徴は,モチーフの独自性ではなく,以下に述べるそのデザインと造形性にあると考える。lつlつの文様モチーフの形態は,機械のような正確な輪郭をもち,きっちりと,左右対称に,空間に配置される。2色に彩色された文字形に対し,文字の中にできる空間および文字の周辺の空間は,線描きの細かいモチーフで充たされる。文字は強く,周囲の空間は淡く,強弱のアクセントをつけて,いわば,周囲の文様の影から,文字579
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