鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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~ 50 ~ E.模画模刻4.結びにかえてD.書物デザインもとより明治10年代に書物デザインの概念はなかったろうが,敢えてこの概念を使いたくなるほど琴石の意匠力を発揮した仕事が多く残されている。最も早い時期の『十八史略字引.1(明治9)は,題辞・例言の字彫と飾り罫のみの所錆であるが,緑色摺の格調高いもので,改めて詩書画三絶を植われた琴石の筆力を領かせられる。『増補卜八史署字解.1r増補国史署字解.1(明治11),r近古史侍.1r詩韻含英異同排.1(明治12),r三語字解.1r唐詩選.1(明治14)などの袖珍本で,扉・題辞・蔵印欄などを美しい絵と意匠で有機的に構成した仕事は見事な効果を挙げており,同時期の出版の中でも群を抜いたデザインといって良い。『増補十八史署字解j蔵印欄を飾る万里長城図〔図18Jは刻線の綾密さにおいて他の追随を許さず,r増補国史皐字解J扉の富士昇龍図〔図19Jは,小さな版面とは思えぬ気宇壮大なエネルギーを秘めている。また度々用いられる書斎図・文房飾図も酒脱なもので〔図20J,r増補国史署字解Jの八葉蓮弁鏡に「版権免許jの逆字が映った意匠は,トリッキーな味わいを持っとともに,常に拡大鏡と鏡を用いて製版していたに違いない銅版師響泉堂ならではのデザインとして興味深い〔図21J。このほか,r記事論説文例.1(明治12),r上等記事論説文例.1r一新商家往来.1r一新農家往来.1(明治13)など,教育的書籍にも琴石は銅版扉絵や挿画を寄せている。とくに後二者に挿入された「博物館内列品之園JI田畑濯水之国jは開化情調の奇妙な味わいを持っていて,r明治新用丈大成』挿画にも匹敵する出来である。『達爾頓氏生理書園式.1(明治11),r月世界旅行.1(明治13-14),r康照御製耕織園J(明治16)など。いずれも銅版師響泉堂の名を高からしめた作であり,r耕織園』は代表作とも評価されるが,模画模刻なのでここでは詳論しない。ただ,前二者は木口木版を忠実に銅版刻線に移写しており,琴石銅版画の表現法に何らかの影響を与えた可能性があると指摘しておきたい。本論では,響泉堂森琴石の銅版画の広汎な紹介と,その出自についての若干の考察を行うという目的から,南画家琴石と銅版画家響泉堂との相同相異をめぐる問題,同時代銅版画との比較検討,また響泉堂が工房を持っていたのか否か(琴石作と工房作

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