鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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水に流された石ころや死んだ、動物の骨などが堆積されるし,また氷河期には氷河が岩を削り,その岩屑(レス土)などが風によって遠くから飛んでくる。こうして,ページをめくるように,古いページは一番下に,新しいページは一番上に,長い時聞をかけて形成された堆積層はいろいろな時代を物語る一冊の本とも言える。洞窟は遺跡の中でも,堆積物の乱れが最も少ない場所なので,発掘には理想的な場所である。稀に旧石器時代洞窟壁画は,こうした堆積物に覆われて発見される。マルスラス(オート・ガロンヌ県),サント=ユラリー(ロット県), )レ・コロンピエII(アルテーッシュ県)などがその例である。またはベール=ノン=ベール(ジロンド県)では,洞窟の入口が旧石器時代後期の堆積物によって完全にふさがれていたので,その壁画の古さを証明できる。壁面は,水平に堆積する遺物や堆積十会とは異なり,垂直のまま風にさらされている。その洞窟壁面を堆積物のょっにく水平に〉研究したのが,アンリ・ブルイユである(注1)。重ね描きされた画像と画像の技法や様式が異なることに注目した。重ね描きされた画像で最も古い画像があるくプリミテイブな〉様式で描かれており,最も新しい画像がく自然主義的な〉様式で描かれている。その定式に従って,重ね描されていない画像でも,<プリミテイブな〉様式のものは古い時代のもの,反対にく自然主義的な〉様式のものは新しい時代のものと考えることができる。この様式論はいくつもの反証をかかえながらも,アンドレ・ルロワニグーランやアルレット・ラマンニアンプレールなどによって修正を施された(注2)。未だにブルイユの業績は旧石器時代洞窟壁画の研究において重要な位置を占めている。洞窟壁画全般における様式論という指標は,新しい理化学的方法による直接年代測定法がもたらされた後も,完全に否定されたわけではない。1990年代から実用されるようになった直接年代測定法は壁画のごくわずかな顔料(木炭)を摘出し,そのわずかな試料でも加速器によって年代測定が可能になった(注3)。新しい研究分野なのでもちろん数々の問題を抱えているが,その結果は様式論を肯定する一方,新しく発見されたショーヴェ洞窟の壁画で、は予想以上に古い年代が与えられた(注4)。様式論から言えば,非常に独創的であるが,全般的にソリュートレ丈化(つまり洞窟壁画の時代では中間の時代)に位置する(注5)。しかし,測定された年代はIl:l石器時代調窟壁画でも最も古いものであった。やや時代が遡るが,洞窟壁画は年代測定法や様式論の問題だけではなく,特に20世-632-

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