紀前半に制作動機の問題に焦点が当てられた。狩猟呪術説,豊穣・多産呪術説,トーテミズムなど,民族誌学的類同をもとに洞窟壁画を解釈することに専念した。世界に現存する狩猟民族,文化進化論から言えばまだくプリミティヴな〉生活を送っていると考えられる民族の社会・丈化から類似した現象をピックアップして推論が行われた。基本的にすべてのくプリミテイヴな〉社会にある共通項として取り出された様々な説が旧石器時代にも適用できるという信念がもとにあった。壁画には動物像だけではなく,それと同じくらい多くの記号が描かれている。1950年代後半から,ルロワ=グーランは60以上の洞窟であらゆるテーマの関係について研究した(注6)。そのテーマの一定の関係は,普遍的である場合もあれば,時代,地域によって異なる。我々のアプローチの一つも基本的に同じである。動物像と記号の関係を空間的のみならず,時間的に見ることができる。そこが我々の独創的な視点である。また動物像をテーマ別のみならず,動物像ひとつひとつが,いろいろなパラメーター(大きさ,細部)のもとに区別されている。どのような動物像が記号と関係をもつのか,という近接的な視点も取り扱うことができる。さらに,動物像はしばしば洞窟の壁面と統合している。例えば,岩の形と動物の輪郭の類似,岩の割れ目やヒピが動物の輪郭の一部をなしている。その場合しばしば彩色線や刻棋は省かれる。そういった内的であると同時に外的な要因によって,記号の有無が左右されるのだろうか。また外的要因として,洞窟の入口,奥,広い空間,通廊,狭まった奥洞など,洞窟の地勢が動物と記号の関係を限定するのだろうか。先に述べたように,画像聞の重ね描きの研究を最初に行ったのはブルイユである。ただ,特に動物と記号の関係はあまり気に止めなかった。壁画の様式によって,年代順に並べることに専念していたからやむを得ない。一方,動物像に矢じり型の槍先や棒が重ね描きされているから狩猟呪術説は動物像に記号が付け加えられたというのが,無意識的に同意されていたであろう(注7)。動物像と記号の時間的重なりの観察は洞窟壁画の現地調査でしか得られない。模写ではどうしても平面的になってしまい,線の重なりは複雑さ故に表しにくい(注8)。本論では,スペイン,バスク地方(アルトゥチュリ洞窟)の洞窟壁画調会?をもとに,得られたデータと分析結果について論じる。マドレーヌ文化はヨーロッパ全般に広まり,後期旧石器時代文化の中でも最も後期に位置している。年代測定には地域差はあるが,フランス,スペインではおよそ17000633
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