鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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刀Jの意匠に伝来宋画の痕跡を見出すことができたのには,かなり特定するための条るものが多く,当時の日本美術と中国美術の公約数を具体的作例を挙げて割り出す試みは少なかったので,先の私の研究も全く無意味な提議ではなかったと考えている。ともあれ,この結論によって,平安後期頃の絵画や工芸意匠に散見される身近な草花鳥獣を主題とする美術類型について,中国美術との関連において検討するという主張は具体的立脚点を得た。それでは,この他にも伝来宋画に基づいた作例を特定しうるかというと,実のところなかなか容易で、はない。なぜならば「沃懸地螺銅毛抜形太件に恵まれていた。それは,この太万の意匠に見られる〈猫が雀を捕らえる〉という場景が宋画において伝承画題として成立していた「捕雀猫図jに該当するものであり,なおかつ,そこに見られる猫が首にリボンをつけるという宋の猫の定型と共通する特徴を備えているなどの普遍的とは考え難い具体的根拠が見出せたからである。ところで,宋画において描かれていた花鳥画や畜獣画とは,画史・画論に記載される画題によれば,草花や鳥獣の名称を併記したに過ぎないものが多く,画題による特定には困難な点が多い。というのは,そのように併記される宋画の画題に該当すると思われるような草花鳥獣には,日本において日常的に見受けられるものも多く,はたして日本独自的に発明し難い絵画や工芸意匠であると断定し切れないからである。また,五代・北宋を中心とする宋画自体が極めて少なく,彼我の作品の比較検討を困難にしている状況もある。これらの事情が従来平安後期における身近な草花鳥獣に取材する美術類型について,中国美術との関連を示唆的な域に留めていたのだと考える。このような状況のなか,今ひとつ宋画に取材したことが特定できる作例がある。それが表題に掲げた金剛寺蔵「野辺雀蒔絵手箱」である。12世紀末から13世紀初頭の制作に比定される本作品の場景意匠については,これまでにも宋画との関連を指摘されてきたこともあったが,やはり示唆的な域に留まっているので,ここで改めて検討することによって,その関連を具体的事実にまで昇華させるのが本研究の狙いである。作品概要本題に入るに先立つて,金剛寺蔵「野辺雀蒔絵手箱J(図1a-gJの作品概要を述べておく。本作品は蓋と身から構成される被せ蓋形式の箱である。全体を黒漆塗りにして,蓋表および蓋と身の各側面の表面に淡い平塵を蒔き,様々な姿態の雀と車前草などの雑草穀類が生えた土壌を金銀蒔絵によって表している。雀は綴密な書き割りを用いた57

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