フェルナンド・ロメオ(建築家,メキシコ在住)は,用意したスライドが貨物の遅れで届かないというハプニングに見舞われたが,メキシコ・シティという特殊な都市で建築をすることにおいて,環境を細やかにリサーチし,人々の行動に対して文化人類学的といえるほどに観察を施すことについて説明をした。小林康夫(哲学研究,日本在住)は,「存在J論を研究テーマとしているだけに哲学的視点を議論へ提供したといえる。共生へ向けて,「共に」という意識のなかへ「誰と」という聞いをたてることから発表をした。つまり,21世紀には移動や通信の手段が格段に発達し,相手とは身体的な接触に頼らずにコミュニケーションが成立し,ましてや相手が人間とは限らない場面まで想定すべきであろう。それはロボットから動物といったものまでも含む,まったくの「他者」である。つまり,人間は哲学的な思考の営みによって内なる他者との葛藤の末に,自己を超え,種を超えた大きな存在へと意識を変えていくべきであるという提案であった。そして,その一方で英語でいうwholeではなくpartとしての自己を認識すべきでもある。種を超えた存在へと想像力を働かせることで逆に部分partとしての自己に気付くのである。変化する状況への適応的な振る舞いに共生の可能性をみていることが伝わった。最後に,ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(パリ市立近代美術館キュレーター,フランス在住)が,従来の領域を横断する思索の試みについて多くの事例を紹介した。まず,司会のローザ・マルテイネス(フリーランンス・キュレーター,スペイン在住)とともに展覧会という場が愛や情熱といった人間の原初的な感情の引き金となるということを説明。また,金沢市に新しくできる,私が設立の準備に携わっている美術館についても,大きな建築ではなくヒューマン・スケールの集合体である点を評価した。インド出身のノーベル経済学者,アマルテイア・センについては,成長万能主義的な資本主義経済に,倫理や道徳といった視点を持ち込もうとする試みに賛辞をおくっていた。他にもイタリアの政治哲学者アントニオ・ネグリといった資本主義へ批判的なまなざしを向け,かつ実践的な思索をおこなう人々を紹介した。とくに,今年死去した生物学者,フランシスコ・ヴアレラについては,人間の心と身体について考える認知科学に対して仏教思想などの影響をもとにオートポエーシス的システム論を提唱していることを紹介した。各パネリストの発表後は,会場からの質問が寄せられながら議論が展開したが,とくに開催地のトルコでは女性の社会的地位の改善が進んでいないことが背景にあり,-653-
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