鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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1 a. cJ。注意されるのは,いずれも一方の雀が振り向く姿態で表されている点である。日常的に見受けられるような自然の場景を描くこの意匠については,やはり王朝貴族の自然愛好と結び付けられることがあって,例えば『枕草子』に雀の子飼を「心ときめきするものJ(第二十六段)と言ったり,雀の子を「うつくしきものJ(第百四十六段)と言っているのが引き合いにされる。そのような王朝貴族の雀に対する愛情が,「野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠を成立させたというのである。一方ですでに述べたように,この場景意匠について宋画の影響下に成立したとする指摘もある。中島博氏は,平安時代の様々な花鳥図様を宋画と関連付けて考察し,平安後期の美術における草花鳥獣のモチーフには宋画と共通するものが多いといった指摘をしている(中島博「やまと絵の花鳥における宋画の影響についてJr花鳥画の世界』第一巻学習研究社昭和57年)。ただ,その関連付けには決定的な論拠が提示されておらず,大体において示唆的段階に留まっている憾みがある。「野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠についても,雀や雑草穀類などが描かれている点を宋画の影響としているが,やはり印象的な感がある。また近頃では,この雀の姿態が写実的に描かれることから,東京国立博物館蔵の伝宋汝志「龍雀図jなどを引き合いに出し,宋画の影響を説く向きもある。「野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠を宋画との関係で捉えようとする立場からすれば,やはりその図様の写実性は宋画との関係で理解すべきだとは考えているが,1寵雀図Jと「野辺雀蒔絵手箱」場景意匠の共通点と言えば,雀が写実的に描かれている以外に大して共通点はないように見受けられる。従って,1龍雀図」については根拠とするには不十分なものだと考えている。その他,I野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠を宋画の影響下と説くものがないではないが,いずれにせよ具体的な根拠を提示して,どのような点に宋面的要素が認められるのかを指摘した研究は見当たらない。そこでまず,1野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠について宋画との関連において理解されることを論じ,そのうえで本作品の美術史上における位置付けを考えたい。さて一見したところ,日常的な自然の場景を描いたかのような「野辺雀蒔絵手箱Jの意匠であるが,実のところ,この場景は任意の自然観察をそのままに描いたものではなく,人為的に作り出された場景のように思われる点がある。結論を言うと,この場景には,すでに原本となる宋画が存在しており,それに基づいて蒔絵が行われたように考えられる。例えば,蓋表と短側面に2羽の雀が鳴き交わす姿態が認められる〔図このように一方の鳥獣を振り向く姿態に表す呼応表現は,伝崖白「双喜図J(台北故宮60

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