鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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博物院蔵)などに代表される宋以降の花鳥画に散見される定型と共通するもので,この雀の鳴き交わす姿態は任意の自然観察に基づくものではなく,実のところ,人為的に創出された姿態ではないかと考えさせられる。また,中島博氏が指摘されたように,この場景意匠に見られる植物類が車前草や蚊帳吊草などのいわゆる雑草穀類であるのは,突然に日本の絵師なりの図案家が雑草穀類を意匠として取り上げたとするよりも,遼寧省藩陽市法庫県葉茂台遼墓から出土した「竹雀双兎図J(遼寧省博物館蔵)や伝李安忠「鶏図J(根津美術館蔵)など,宋以降の花鳥画において雑草穀類が描かれるようになる美術史的現象との関連で理解されるようである。「野辺雀蒔絵手箱」に見られる雑草穀類は葉の葉脈,虫食い,穂先などがJ徴密に表されていて描写対象に対する観察眼の発達が窺えるが,このような点も宋以降の絵画を中心に発達する写実的表現との関連が考えられる。同様なことは,雀の綾密な表現についても言える。更に,これらの雀や雑草穀類の描写技法に目を向けると,雀の描写には輪車1\線などの実線を用いない書き割りを基調として腹部などに蒔き量しが用いられる一方で,雑草穀類の描写には輪郭線など実線を基調としていることを指摘したが,この点についても,やはり宋以降の花鳥画における没骨・鈎勤技法や淡雅に軍:す色彩表現に倣ったものとして理解されるように考えられる。以上は,I野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠を宋画との関連において理解されうる要素を列挙したものである。次に,これらの要素が偶然的に宋画と共通したのではなく,宋画を学習したことによる必然的共通であると主張する根拠を提示したい。それは身の側面に描かれている親子雀の姿態,すなわち親雀が子雀に餌を口移ししている図様である〔図1gJ。左側に羽根を畳んで立つ親雀が餌をくわえており,それを右側で羽根を広げて鳴を開けた子雀がもらい受ける図様となっている。餌は触覚が2本あるので虫餌と知れる。この図様については,r枕草子』に言うところの「雀の子飼」がヲ|き合いに出されることがあるが,実のところ,この図様こそが「野辺雀蒔絵手箱」の場景意匠を宋画と関連付けるうえでの具体的根拠なのである。すなわち,この親子雀と類似する図様が北京故宮博物院所蔵の伝黄茎「写生珍禽図J[図2Jに見出される。徽宗皇帝の収蔵印「審思東閤jや南宋・買似道の収蔵印「秋霊jを有するこの絵画には鳥虫類が標本的に描かれているが,その画面右中段に2羽の雀が対峠する姿態が見られる。右側に羽根を畳んだ親雀が立ち,その左側に羽根を広げて鳴を聞く雀が立つ図様となっている。それぞれの親子雀が同じ姿態で表されるばかりでなく,子雀が開く瞬61

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