鹿島美術研究 年報第19号別冊(2002)
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かざさりあまおおいSn 13.5% -Pb 20.7%。表l参照。トルソへの両翼の熔接は通常の「鋳掛け熔接jで時代の違いであるかも知れない。いずれにせよ前5世紀の〔リアーチェABJでは要所だけに限定的に適用されていた「楕円形鋳掛け熔接J(フォルミッリの言う「水槽式熔接J)が,前2世紀後半には随所に使われるようになっていたことが分かる。支脚の前足を分錯するのは従来から行われてきた伝統である。前5世紀の〔リアーチェABJ[ポルテイチェッロJ(Inv.17092, 17093+ 17083)では両足とも前足を別鐘しているが,支脚側を分鐸することでは変わりはない。この処置についてヴイラーは次のような説明を加えている(Willer1998, 86-87, 87n32)。脚の鋳型からロウを溶かし出す際に,内部の乾燥によって中型が一部剥がれ落ちることがある。それが鋳型の下に落ちて足の甲や爪先を塞ぎ,ブロンズを入れた際に爪先までうまく湯が流れない可能性がある。それを回避するために足先を別鋳したと考えられる。ω 翼の制作関節と羽毛の配置から,両翼はガンカモ科の鳥ないしガチョウの翼を基本としながら,多少の改変を加えて作られていることが分かる。翼は半聞きの状態であるため,像の前方から見ると翼の先の方が下方を向いている。その場合自然界にあっては実際には翼の裏側/内側が見えるはずであるのに,造形においては表側/外側すなわち実際に羽根が生えている側の,色彩がより鮮やかな風切,雨覆などがこちらを向いており,羽根が入念に象られている(Soldner1994, 416Abb.24)。雨覆,すなわち翼の上半分の身体寄り部分は自然界の実際よりも羽根の数が多く,配置もかなり無秩序である。また風切も実際より三分のーほど短く表されているが,それによって両足のほぞにかかる挺子の作用が軽減されている(Willer1998, 88)。なお裏面には周縁以外ほとんど羽根は象られていない。翼のこちら側の面には別の色の金属が張られていたが,この厚さ1.5rnmの層は腐蝕による傷みが激しく金属を特定することはできなかった。鍍金でないことは確かで、ある。この処置と関係があるかどうかは分からないが,両翼の合金は他の部分よりも錫と鉛の比率が多少高い。左翼はCu65%-Sn 15.2%-Pb 18.2%,右翼はCu65% ある。(12) 表面の仕上げ,失敗部分の補修,装飾的細部の付加〔エロース〕の場合,ブロンズ表面の気泡などを塞ぐ献金は通常のタイプである。〔ヘルメ柱〕の献金はきわめて特殊で,献金の下に鉛の板が敷いてある(SobottkaBraun一-71-

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