鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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さらにこの偏向の結果として、マチスの手書きの文章と図像との関連についての考察は行われてこなかったに等しい現状が明らかになった。形式的特質に着目し、マチスの言葉を選択的にではなくまんべんなく考慮に入れるなら、まず問題となるのは、『ジャズ』の出版に際してマチスが発した奇妙な言葉であろう。1947年12月25日にマチスは「気分的にあれ[『ジャズ』]にはがまんならない。あれはまったくの〈できそこない〉だ。またどうしてこれらの切り紙絵は作ったときに壁に置いてみるといい感じなのだろう。『ジャズJの中に見い出すジグソーパズルのような性格がどうして出ないのだろう。それらをまったく台無しにしてしまうのは移し替えのせいで、そのために情感が失われてしまったのだと思う。情感を欠くと私の作品はつまらないものになる。」(注25)と語っていた。ところが2ヶ月後彼は「仕上がりは切り抜きの作業の魅力を留めていないにせよ、それでも同じような力強い調和の関係を保った同じ色彩の取り合わせはそのまま残っている。これらの関係は新鮮で、そこにはデッサンもあり、オリジナルを見なかったひとにとってはこの本が与えるものが大切だ」(注26)と前言を翻す言葉を残している。ここに検討すべき重要な問題があることは明らかである。しかしながらこれまでの作品分析が対象としたのは印刷された図版であって、オリジナルの図像を検討に付した例はない。まずはオリジナルの図像を詳細に検討する必要があるのではないだろうか。2 実見によって得られた記録現在『ジャズ』の20枚の図像はパリのポンピドゥーセンター内、国立近代美術館が所蔵している。筆者はこれらすべてを実見する機会を得た。以下に記述するのは実見によって得られた作品の着目すべき特質である。〈道化師〉〔図l〕は題字〔図2〕に対応する図版である。黒い背景は、中央、左の波形、右のカーテン部分に区分けされ、中央、左、右の順に淡い色調となる3枚の紙の継ぎ合わせで形成されている。上下の縁取り部分では青い紙のうえに白の細長い長方形を貼つである。白い道化師は一枚の紙から切り取られている。その上の赤い模様を子細に見ると模様を貼るべき位置に鉛筆による位置指定の跡がある。1943年6月という制作年が書き込まれている。この作品に限らず紙片を張り付けるのりは紙片のすみずみまで塗られ、ぴったりと接着されていた。ここで重要なのは作品中の個々の形はいずれもマチスが一気に切り抜ける大きさであるにもかかわらず、そうはせずいくつかの紙片の合成から成っている点である。〈サーカス〉〔図3〕では、左上方の赤い長方形に挟まれた白の波型が興味深い。こ

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