⑫ ジ口ーナ・ベア卜ゥス写本の巻頭挿絵研究研究者:立教大学大学院文学研究科博士後期課程宮内ふじ乃いわゆるベアトゥス写本は、スペイン北部アストゥリアス地方リエパナのサン・マルテイン・デ・トゥリエノ修道院(現サント・トリピオ修道院)の修道士ベアトゥスによって、776年頃に執筆された〈ヨハネの黙示録註解}(Sancti Beati presbyteri hispani liebanensis in Apocalypsin)の総称である。本報告論文で取り上げるのは、ベアトゥス写本の中では新しい系統であるE群bに属し、現在カタロニア地方のジローナ大聖堂の宝物館に所蔵されているベアトゥス写本(以下〈ジローナ本〉)である。〈ジローナ本〉の制作地はその状況証拠から、レオンの南にあったサン・サルパドール・デ・タパラ修道院において975年に制作されたとするのが有力で、約l世紀後の1078年にはカタロニア地方のジローナ大聖堂にあったことが確認されている(注1)。ベアトゥス写本は〈モーガン本}(New York, Pierpont Morgan Lib. M. 644)において、本来福音書の冒頭を飾る「4福音書記者像」(fols.1 v 4 )と「キリストの系図」(fols. 4 v-9 v)とが巻頭に連続して加えられ、一見すると福音書のような体裁をとるようになる。続く〈ジローナ本〉は、先行する〈モーガン本〉にもない「キリスト伝」諸場面(fols.15-18)が「キリストの系図」(fols.8 v-14v)の延長に導入され、ベアトゥス写本の福音書化として注目されてきた(注2)。しかし、福音書には見られない「天図J(fol. 3 v-4 )を「福音書記者像J(fols. 4 v-7)の前に置き、「鳥と蛇」(fol.19) を巻頭挿絵の最後に置いた編成は、福音書化という側面からだけでは説明できない問題を含んで、いる。「キリスト伝」にしても、選ばれた主題は福音書に取材したものに限らず、新約聖書外典やヨセフスあるいはエウセピオスのテキストなど多岐にわたり、しかも依拠するテキストが確定できない「義人の悦び」(白1.18)で締めくくられている。l枚l枚の挿絵に組み込まれた図像的要素の源泉も、初期キリスト教、後期古代ローマ、ピザンチン、カロリング朝、アングロ・ノルマンなど多様で、ある。このような複雑な図像を組み合わせた画面構成には、何らかの目的に基づく原則があるのか、図像のレイアウトや全体の編成を一体どのように理解したらよいのか、こうした聞いに対してこれまで十分に検討されてきたとはいえない。そこで本報告論文は、写本の巻頭を飾る「十字架」(fol.1 v)から「鳥と蛇」(fol.19v)までを「ジローナ本の巻頭挿絵」という枠組みで括り、多様な挿絵の複雑な相互関係に注目しながら、この特殊な写本編成を読み解くことを目的とした。そのため挿絵の記述は、登場順にしたがって行われる。-ll8-
元のページ ../index.html#128