てみると、火事だと聞いて応天門に向かう群衆を延々と描いた後に、ょうやく彼らが急ぎ向かう原因である応天門炎上の様子が登場することがわかる。また、「彦火々出見尊絵巻」巻lの第4紙から第5紙〔図2〕、つまりは、弟尊が竜王の宮殿に向かう発端となる、魚、に釣り針を奪われるという出来事を描いた箇所を見てみると、釣り針を失ったために岸に戻って行く弟尊の様子を描いた後に、今まさに魚に釣り針を奪われている瞬間の場景が登場することがわかる(注7)。さらには、「彦火々出見尊絵巻」のこの場面では、岸に戻って行く場景の後に、時間的にはその前に起こったことである釣り針を奪われる場景が描かれており、時間を逆行させる手法も採られていることがわかる。加えて、同場面は、舟が向かつて右へと戻っており、登場人物の進行方向を、絵巻の展開する方向とは逆にするという鑑賞者の注意を引くような描き方がなされていることがわかる。「伴大納言絵巻」上巻の第l紙から第9紙と、「彦火々出見尊絵巻」巻1の第4紙から第5紙とに認められる、これらの手法を踏まえた上で、改めて「伴大納言絵巻」上巻の第13紙から第14紙を見てみると次のように考えられるのではないだろうか〔図1〕。まず、第13紙に描かれた、向かつて左から右へと歩いて来る人物は、清涼殿から失意の様子で退出して来るところである。そして、この人物がこのような様子で退出して来た原因は第14紙に描かれており、それは、源信を捕らえるべきではないという藤原良房の申し入れが天皇に受け入れられたことを、清涼殿の広周で盗み聞きしたためである。つまりは、失われた一紙を含む第13紙から第14紙には、源信を陥れるという自らの策課が失敗に終わったことを聞いたために、失意の様子で退出して来るという伴善男の一連の行動が、時間逆行の手法と、原因と結果を逆転させる手法とによって描き表されていたのではないだろうか。そして、この伴善男の策略の失敗という出来事は、この物語の結末である伴善男の逮捕へと繋がる重要な場面であるために、そのような手法を用いて印象的に表現したと考えられるのではないだろうか。また、このような伴善男が広廟で盗み聞きをするという詞書には無い場景が描かれた理由は次のように考えられるだろう。それは、清涼殿を繰り返し描くという絵巻の流れを遮るような描き方を避けて、伴善男の議言奏上、それに続く藤原良房の天皇への私的な忠告、さらには、その結果として、良房の申し入れの方が受け入れられたことまでを一場面で描くための工夫であったのではないだろうか。以上のように考えると、広廟に座す人物には、伴善男である可能性が残されていると言えるだろう。そして、顔貌をはっきりと描かないという表現については、中巻第5紙に描かれた天道に訴える源信や、下巻第15紙に描かれた牛車で連行されて行く伴
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