鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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⑮ イラン・サファヴィ一朝陶芸における意匠の系譜一一ケルマーンの下絵付けタイルを中心に一一研究者:上野学園大学国際文化学部専任講師阿部克彦1 .はじめに:目的と問題の所在本調査研究は、サファヴィ一朝期に製作された陶器、陶製の建築装飾の絵画的特質に注目し、同時代の他芸術分野との相関関係と、異文化的要素の受容と変容過程を検証することによって、17世紀の東西交易の中でイラン東南部のケルマーンが果たした役割を明らかにすることを課題としている。具体的には、イラン・ケルマーン市に現存する建築装飾タイルの確認調査及びデータ収集を行い、並びに本調査研究によって新たに確認されたタイル資料を、美術館所蔵品と比較考察することによって、従来未確認のままであった、サファヴィー朝期のケルマーンの陶芸生産の実態を明らかにすることを目的とした。ケルマーン市内のマスジッド・ジャーメ(金曜モスク)には、その壁面装飾に白地に藍色で絵付けを施された、いわゆる染め付けタイルが見られ、従来から欧米のイスラーム美術史研究者によって、その存在が知られていた。しかしながら、それらはサファヴイ一朝期に制作されたことが推定されること以外、詳細な調査研究が行われたことはない。主な理由としては、その技法、色彩などが、サファヴィ一朝期以降の主要な建築装飾とは異質で、他に類例のない作例であることから、従来のイスファハーンの宮廷美術を中心としたサフアヴイ一朝美術研究の領域では捉えがたい資料であったことが挙げられる。その一方で、白い素地にコバルト顔料をもって絵付けを施した、サフアヴィー朝の白地藍彩の陶器は、珪石を多く含んだ硬質の複合陶土に(注1)、コバルトなどの鉱物顔料で絵付けを施し、その上からアルカリ系の透明粕をかけた、いわゆる柚下彩陶器(下絵付け、染め付け)の技法を用いており、特にシャー・アッパース一世の在位以降、大量に生産され、現存する作例も多い(注2)。特に、17世紀の作例と伝えられるグループは、胎土が白く、硬く焼き締まっていて、手由薬も透明度が高く、オランダ東インド会社によってヨーロッパ、東南アジア方面にも輸出された。ところが、このサフアヴィー朝期の陶器研究は、史料が限定されていること、また考古学的発掘による裏付けもないことから、編年や産地同定などの研究の基礎的なデータの蓄積が不十分なままであった。1957年に著された「LaterIslamic Pottery Jで(注3)、アーサー・レーン氏は、モチー183

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