鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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として描かれたパネルであった可能性は高いが、このような風景描写が、白地藍彩によって下絵付けされたタイルは、他に類例のないものである。ここでも、白地に黒でまずアウトラインを描き、その上からブルーの濃淡で彩色するという、極めて絵画的な手法をとっていることから、年代を推定する手がかりとして、製作年代が確定している17世紀初頭の写本絵画に比較が可能な作例を求めた。16世紀末以降、シャー・アッパース一世の時代には、それまでの写本挿絵としての絵画から、単独の肖像画を集めたアルバムが好まれ、同時代を代表する宮廷画家であったレザー・アッパースィーをはじめとする画家は、多くの肖像画を描いた。その中の一枚、レザー・アツノTースィーによって1630年頃描かれた「指で数をかぞえる女性」(注10)の右下には、マスジッド・エマームの風景画タイルに描かれたモチーフと同様の、先端の尖ったスペード型の葉をもった植物が描かれている。特徴としては、葉につながる茎が、葉の中心に向けて、一本ないし三本線の早い筆致でヲ|かれていることである。全く同じ特徴をもっモチーフが、ケルマーンのタイル画と、イスファハーンの宮廷画家の手になる写本挿絵に見られることは、何らかの下絵となる図がタイルの絵付け師の手元に届いていたことを意味する。このように、ある様式のデザインが、様々な造型芸術に共通して応用されることは、イスラム世界では珍しいことではなく、宮廷絵師が下絵を製作し、それを写本装飾や陶器、テキスタイル、あるいは建築装飾に用いることが行われたのである。サファヴィー朝期においては、モザイク・タイルと、クエルダセカ・タイルの二種類のタイル技法が主として使用され、下絵付けタイルは例外的であった。マスジッド・ジャーメのタイル・パネルにも、これら3種類の技法が用いられているが、なかでも白地藍彩の下絵付けタイル・パネルは、その規模と美しさから見ても、とりわけ念入りに製作されたことが確認できる。白地藍彩の下絵付けタイルは、面としての色彩よりも、線描とその筆遣いが強調されるため、より高いデッサン力と熟練度が求められる技法である。また彩色においても、濃淡を用いてグラデーションをつけるなど、より繊細な描写が可能で、あり、絵画的な性格をもっていると言えよう。また、最後に透明柚を掛けることで、表面に透明感のある光沢が得られることも特徴の一つである。それに対してクエルダセカ・タイルでは、線描は厚く均等に塗られた紬薬を分割する下絵としての役割を果たし、不透明な色彩の下に隠れてしまうため、より色彩と面が強調されるという特色をもっOこの場合、絵付け師の熟練度にばらつきがあっても、下絵に沿って忠実に色を塗っていc.ケルマーンの下絵付けタイルの位置付け-187-

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