⑫平安時代の折枝散らし文について研究者:兵庫県立歴史博物館学芸員橋村愛子1 研究の目的と方法平安時代において、装飾経や漆工芸品など幅広い作品に用いられた「折枝散らし文jの意匠は、身近な植物一一例えば秋草や松・藤・桜・柳・楓など一一ーをモチーフとし、まるで虚空を浮遊するかのような文様構成などを特色とする。従来この「折枝散らし文」は、平安時代美意識の和様化が進むなかで完成した文様として捉えられており、漢に対しての和、公に対しての私、などといった二元的な観点からの位置づけがなされてきた。しかし、この意匠を仔細に観察するならば、文様形態や様式等の多様性を知ることが容易に出来、単純な二分法では決して括り得ない複合的な展開が窺える。本調査研究で目的とするのは、このような平安時代における「折枝散らし文」の総体的具体的諸相を把握し、その特質や様式的変遷を解明することにある。この課題を解明することで、現状では「和様」として一括された平安時代の美意識を解放し、とくに11・12世紀における美術工芸作品の新たな研究の端緒を聞くものと考えられる。本研究は以下に手順を示すとおり、大きくふたつの手法よりなる。第1の手法は、現存作例を対象として文様の形態やモチーフの構成等を分析することで、様式的変遷と機能の解明を導くものである。ただし、これまでの折枝散らし文の様式史的研究は、天永元年(1112)頃の作である西本願寺本三十六人家集を、唯一の基準作となしてきた。そのため折枝散らし文を装飾する作品の多くが「12世紀」「三十六人家集と相前後する頃」等と暫定的な年代判定のまま美術史的位置付けを留保されている。一方で、厳島神社所蔵平家納経〈長寛二年(1164)頃〉をはじめ12世紀後期に制作された数々の装飾経については、三十六人家集と隔たる制作期のためか、折枝散らし文を意匠することに対してほとんど注目されていない。そのためまず折枝散らし文を装飾する作品を網羅再検討し、互いに関連づけることが必要となる。第2の手法は、記録類や文学作品にあらわれた折枝やそれに関わる用語を検討することにより、第1の手法を補完するものである。折枝散らし文が享受者に対して果たし得た機能について、テキストの側から探りたい。なお、これらの成果は学会においてl本の口頭発表がなされ(注1 )、2本の論文に論文化されている(注2)。-214-
元のページ ../index.html#224