(宝塔品紙背)や扇面法華経冊子下絵の風景に、類似した大きくしなる形態の植物が見いだされる。いずれも隆盛期のものに比較して、枝が短く、全体に占める葉・花の割合が大きい近接的な視点で捉えられている。また、平家納経の提婆品のものは〔図6〕、ひときわ折枝全体に占める花の割合が大きい。なかには枝や葉をまったく添えない形態もあり、そこでは花や果実をクローズアップし、写実的表現から離れたデフォルメ的な描写(単純強調化)をとっている。加えて、散る花弁が添えられる箇所もあり、花弁部を偏重した流れが窺われる。つまり、形態からみた平家納経の折枝散らし文の特徴は、枝(茎)部分の軽視と花弁部の重視、写実的表現あるいは単純強調化への傾斜にある。花弁部偏重の傾向にある折枝は、一字蓮台法華経や野辺雀蒔絵手箱など12世紀後期の作例の特徴である。2 3 モチーフの手重生買表に掲げた20件の作例より折枝の植物種を分析すると、実在する植物だけでも20種を超える。たとえば施福寺本紙背には、藤や松・楓・薄・撫子・女郎花・竜胆といった多数の植物の折枝が、銀泥によって散らし描きにされている(注5)。三十六人家集〔図2〕はさらに多く、梅花や桜花・柳・藤・薄・楓・竜胆・菊・女郎花など実に様々な植物が折枝のモチーフとなっている。また折枝散らし文を施した漆工芸品では片輪車蒔絵螺銅手箱(東京国立博物館所蔵)が、見込に桜・柳・楓・竜胆・菊・松を、蓋裏にはこれに加え梅・女郎花・桔梗の折枝を表している〔図7〕。これらの梅花や桜花・柳・楓・竜胆・薄・菊といった植物は、当時でも身近な山野、あるいは庭を彩る草花草木だ、ったことだろう。春に花咲く梅や桜、初夏の風と戯れる藤、秋の七草に数え上げられる薄や女郎花、また松は冬を表す風物の可能性がある(注6)。これらの植物は、当時和歌に詠まれ、四季絵(月次絵を含む)・名所絵に描かれた、季節の表徴として親しまれたものであった。ここで注目されるのは、11世紀末から12世紀初期までの隆盛期に制作された折枝散らし文は、いずれも特定の季節に限定することなく、春夏秋冬、あるいは春秋の植物、またあるいは複数の季節の植物により、四季を表す文様構成を取っていることである。これは装飾範囲の広い料紙ばかりでなく、面積の限られた佐太神社本檎扇〔図3〕や鏡・箱などの工芸品においても同様である。折枝の植物のなかには、たとえば常緑の松の永遠や、牡丹の富貴、常世の花としての橘、長生の菊……、というように呪術的な意味合いや吉祥の意図を個別に有するものも存在する。こうした規範となるべき中国の史的背景を持たない見慣れた花は、その美しさや土着のイメージに支えられ愛好されていたとも指摘されている(注7)。こつ中
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