鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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れることが指摘できる。穴のモティーフは、地震の主題とどのような関わりがあるのだろうか。〈海、海岸そして地震〉〔図1〕には、タイトルの示すとおり海の風景が描かれている。入江か内海を思わせる風景には船舶の蒸気がたなぴき、穏やかな海が広がっている。しかし岸と岸の聞に出現した円形のイメージは、そこで何かが起こりつつあることを示している。中央に四角の穴をもった円は、内部に亀裂を走らせていることから、タイトルの指す地震と関連あることが考えられる。向こう岸の細部を見れば、海岸線と海の関係は暖昧で、水平線も二重になっており、この風景が現実に属していることに疑問を抱かせる。この作品のヴァリエーションは、同年に制作された〈北極〉〔図10〕に見ることができょう。穴はないものの円形のモティーフが現れ、やはり異変を示している。海景は上下に二分されてしまい、上空に刻まれた無数の線が、風景のもつエネルギーを表わしている。ここでは「北極」というタイトルが示すように、人間の踏み入るのが難しい未知の世界が描かれている。〈海、海岸そして地震〉における亀裂の生じた穴は、まるで風景の背後にあるもうひとつの世界を明らかにしようとしているようであり、そのように考えれば、そのもうひとつの世界は、〈北極〉とも取れよう。穴のモティーフは様相を変えながら{55年、とても穏やかな地震〉〔図2〕と〈とても穏やかな地震〉〔図3〕にも現れている。いずれも穴の向こうは暗闇であり、その内部を強く暗示している。このように内部が空洞になっているイメージは、様々な表現をとりながら、当時のエルンスト作品に付きまとっているイメージである。地震作品に現れる穴のモティーフも、そのヴァリエーションと捉えられる(注5)。たことはすでに知られているが、切り口を見せながら内部を示すイメージは、おそらく科学イメージに通じている。つまり機械の仕組みを説明する図や生物の内部を示す図など、見えないものを明らかにしてくれる科学イメージは、肉眼では見えない現実を見ょうとしたエルンストの態度に重なっているのである。肉眼では見えない現実とは無意識の世界であり、科学イメージが逆説的に使用されていることは言うまでもない(注6)。内部を示すイメージが無意識の世界と通じている例は、〈錯乱者ジャック〉〔図14〕によく表れている。少年の頭部には切れ込みが入っており、不気味な暗聞が見えている。少年は眼を閉じていることから、暗闇の向こうに彼の無意識の世界が暗示されるのである。このように形は異なるが、「穴jのモティーフは眼に見えない世界を示し、エjレンストが『ラ・ナチューjレ.Iなどの科学書から、作品モティーフを借用してい-227-

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