鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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3.「地平線、天体、線jの地震作品1924年にシュルレアリスムが確立してからの、シュルレアリスム絵画の有無をめぐ見る者に内部をみる眼の開眼をうながす。「地震」の主題に現れる「穴」も風景の向こうに隠された世界を暗示し、そのように考えると「地震」はその開示を促す力とみなされよう。フロッタージュ技法による〈地震〉〔図4〕には、穴の向こうに暗聞があるわけではない。しかし何かが現れかけており、ここではそれを引き起こす地震の力がより強調されて表わされている。穴のモティーフを伴いながら、様々な風景画として表わされた地震の主題は、1925年から「地平線と天体と線」というモティーフで表わされるようになる。画面を上下に二分し上部に円形のモティーフを配する、という構図の風景画は、エルンスト作品における定型表現となっている。その早い例は、学生時代の油彩画にすでに見られる。地震の主題に関わらず、この抽象化された風景は「森」〔図11〕、「海j〔図12〕、「湾岸流」〔図13〕といういくつかの主題に適応され、登場している。森の主題は他の三つの主題とは異なった表現をとり独自の展開を見せるため、別の枠で分析されねばならない。しかし地震、海、湾岸流の主題は、表現に大きな区別が見られず、エルンストにおいて近い関係にあったことが考えられるのである。実際、地震の作品は、もうひとつの主題として海を含むこともある(注7)。地震、海、湾岸流に共通するものは何か。それは「波動」のモティーフということができる。{55年、とても穏やかな地震〉の上部に刻まれた線、〈とても穏やかな地震〉の黄色い波、〈地震〉の波紋のような線に、すでに私たちは「波動」を見ていた。それらにおいて地震は波動となって現れていたのである。そしてエルンストの波動への関心は、穴のモティーフを押しのけ1920年代後半から水平線の下の線として、明確に現れ出た感がある。しかしエルンストの表わす波動のイメージが、地震計に示される、激しい地震の揺れのイメージとは一致しないことに気づくだろう。波は不規則に小刻みに動き、または緩やかに波打つて表わされている。エルンスト作品において地震は、災害をもたらす破壊力としての側面よりも、場を不安定にさせる動きの側面が強調されている。その点において、海と湾岸流は地震主題と連関している。さてここで、波動が「波打つ線jとして表現されることに、さらに注目しなければならない。その形、表わし方は様々だが、「?皮打つ線」であるという点で、初期シュルレアリスムの探求したオートマティスムが関連していると考えられるのである。228

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