⑫ 江戸時代中期に輸出された日本国内仕様の香道具研究者:京都国立博物館学芸課工芸室員永島明子はじめに輸出漆器の情報はここ五年間に飛躍的に増ぇ、鎖国政策下の日本から大量の漆器が西欧を始めとする海外の国々に向けて輸出され続けていたことが、もはや一般に知られるところとなった。江戸時代中期に日本から輸出された漆器のうち、海外の需要に応えて輸出用に生産された場合と、国内向けの製品が輸出用にも取り上げられた場合との区別は、この研究分野における大きな課題の一つである。本報告では国内向け製品が輸出に当てられた例の実証を試みたい。特に、国内における香道の隆盛に伴い、市場生産によって製作された蒔絵の香道具が輸出に当てられた可能性を、新出資料を含む実例の比較を通じて指摘したいと思う。第l章輸出漆器に見出される香道具の例江戸時代中期の輸出漆器の代表、マリー・アントワネットの蒔絵コレクションは、主に小型の棚、箪笥、小箱によって構成されている(注1)。これらの多くには、それ以前の輸出漆器とは異なり、囲内需要に応えて製作される蒔絵と同様の意匠や技法が用いられている。形態に注目すると、香道と関わりがあったと思われる作品が散見される。例えば、掌に乗る程度の小型の四段重箱で、最下段の内部に銅が張られている容器(注2)は、香道では「重香合」と呼ばれる。銅が張つであるのは、香を姓く際に高熱となる雲母製の板「銀葉」や、住き終わった香「娃空」を仕舞うためで、より高級な銀製の場合もある。また、初めから内張りとせずに懸子式に後から金属容器をはめ込む場合もあり、最下段の内張りがなくとも、掌サイズ以下の小型重箱で気の利いた蒔絵が施された作品は、まず間違いなく重香合として作られたと捉えて差しっかえないだろう(注3)。ただし、マリー・アントワネットの重香合は茶壷形(もしくは薫物壷形)や笈形であり、国内の主要コレクションに多く見られる平面形が四角、円、菱などの古典的な重香合に比べて、格式ばらないところが特徴的である。別の例では、六角形で胴張りの香炉一対がある(注4)。蓋があり、内に銅板を張る。単に銅の内張りのある容器では住空入れ、あるいは、煙草盆の分かれの可能性もあり(注5)、マリー・アントワネットのコレクションにもそのような容器があるが(注6)、脚部があり、線対称の構図の蒔絵が施された一対が揃う場合は、十位香の遊戯に用い236
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