鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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231)。しかし、それが植物文様であるという点は、少しも揺るがない。これに対し、4.美術様式の創造とエトルリアの役割し尽くした精妙な構成であり、先行する地中海のモティーフと、幾何学文様作成の伝統的技法を高度に組み合わせた文様であると言える。ラインハイムの文様帯と同様の特徴は、ほぼ同時期の遺物であるヴアルトアルゲスハイム出土の青銅製容器(注4)でも確認できる〔図4〕。また、飲用器だけに留まらず、各種金属器にも同様の構成原理によると考えられる例が多い〔図5〕。上記で明らかのように、初期様式の装飾は、単にパルメット・ロータス文の退化や歪みとして捉えるべきものではない。一旦モティーフを解体してから再び組み上げる、という創造的な作業がそこには認められる。モティーフの並置反復とその反転、そして視覚の転換という「装飾の文法」によって、一見生硬に見えつつも、実は多様な読み取りが可能な文様帯が、そこに展開されているのである。古典古代におけるパルメット・ロータス文は、初期様式のような、文様の「読み替え」を決して許さない。例えば、エトルリアでも盛行したアッティカ式陶器に施文されたパルメットは、厳正なシンメトリーを脱して自由な動きを見せることで知られる(リーグル,1970,pp.221-LT-A期の青銅器に施丈された文様は、必ずしもそれが植物的なものとして認識されるわけではない。我が国で用いられる美術用語に、「唐草文Jないし「唐草模様」というのがある。その特質をごく簡潔に表現すれば、同直物の茎や蔓がつくる波状の連続曲線を主軸とし、それに花や葉、果実などのモティーフをからめ、巻きこみ反転しながら伸びる紋様。流麗かつリズミカルなところにその生命があり、長方形や輪状の細長い空間に効果的に用いられる」(山本,1996,p. 17)ということになる。従って、本来のパルメットの形をしたものだけでなく、イスラームのアラベスク模様や東洋の忍冬唐草丈など、ヨーロッパやアジア各地における植物文様の多くを、この言葉で括ることが一応可能で、ある。しかし、初期様式の文様に対して、それがパルメット・ロータスという植物文様を祖形とするものであるとしても、直ちに「唐草」の名を与えることに我々は障賭してしまう。それほど初期様式の文様は、本来のパルメット・ロータス文からかけ離れた変容を見せているのである。ハルシュタット文化からラ・テーヌ丈化へと移行した際、控えめに、しかしはっきりとした自立性を持って青銅器に装飾が施されているということが、以上の分析により明らかとなった。また、ケルト美術の紹介に際して、しばしば用いられてきた「シンメトリカルな安定の拒否」ないし「余白への恐怖」といった指摘は、初期様式段階-274-

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