鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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代初期の人物像素描をリーフェンスのそれと分類しつつ、この二つの素描が特定の絵画作品などと関連付けられるかを指摘しなければならない。2.レンプラントとリーフェンスの素描の帰属問題ラストマンとの関連性レンプラントとリーフェンスの素描様式の原点となっているのは、従来から指摘されているように、ピーテル・ラストマンの素描である(注8)。イタリアで修行を積んだラストマンは、1610年代にはすでにアムステルダム最高の物語画家としての地位を築いていたことで知られている。レンプラントは1625年頃に半年問、リーフェンスは1619-21年の2年間ラストマンの工房で学び、素描制作の上での師から薫陶を受けたと思われる。例えば、一度暖色系の色で着色した用紙に、赤や黒のチョークをそれぞれ、あるいは混ぜながら描くという手法、また、人物像素描そのものを絵画の準備のために用いるのも、ラストマンから学んだものである。レンプラントの〈背中を向けて座る老人}(Ben巴sch7、1628年頃、ベルリン素描版画室)〔図4〕が、〈議論する二人の老人}(Br.423、1628年頃、メルボルン、国立ヴイクトリア美術館)〔図5〕に利用されている例はたびたび挙げられているものだ(注9)。さらに、描法の点でいえば、人物像を輪郭で捉え、さらに輪郭線を縁取りして陰影を暗示するという手法が、レンプラントの最初期の素描および版画作品に見られることから、ラストマンの素描が出発点となっていることはしばしば言及されている(注10)。しかし、レンプラントはすぐさま師匠から得た描法を発展させ、陰影の効果とそれによって生み出される空間表現で師匠を越える描写を生み出した。その好例として、〈正面を向いて立つ老人〉〔図6〕(BeneschNr. 31、1629年頃、アムステルダム国立美術館)を挙げることができる。この素描は、そのスケッチ的な外観のため、ラストマンの〈メルクリウス〉〔図7〕(1620/25年頃、クストデイア財団)との類似性が指摘されている。しかし、師匠の作品では人物像の外形が輪郭線によって比較的明確に分離されているのに対し、レンプラントの作品では、光の陰影の効果が周到に考慮され、かすれるように、あるいは強い筆致でひかれたチョークの描線が微妙な陰影効果を同時に持つことで、人物像の輪郭棋の規定という役割を越えて、空間性を喚起するに至っているのである。ラストマン素描はレンプラントにとって重要な着想源であったが、素描様式については、早い段階からレンプラントは独自性を示していたのである(注11)。ミュンヘンおよびドレスデン素描の様式は、レンプラント自身の手法が現れ始めた作例といえるだろう。-341-

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