鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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3. レンプラントの人物像素描の制作方法それでは、レイデン時代のレンプラントの人物像素描は、どのような目的で制作されていたのだろうか。一般的に、人物像素描は、画家が手本として手元において絵画制作するためのものであったため、基本的には絵画の準備段階としての機能が強い。ラストマンの人物像素描もこれと同様に、絵画の直接的な準備素描として利用されていた(注13)。レンプラントにも、上述の〈背中を向けて座る老人〉〔図4〕のように、師匠の手順に倣って制作した準備素描の例が見られる。ミュンヘン素描などについては、すでに指摘したように、1627年の〈ゴリアテの首をサウルに差し出すダピデ〉〔図3〕の中の画面右端の槍を持つ兵士のための準備素描として利用されたとする見解が示されている(注14)。ただ、ここには〈背中を向けて座る老人〉のような直接的な関連性はなく、素描の兵士に見られるポーズや衣服の細部は一致していない。しかし、ドレスデン素描の兵士が持つ槍には、長い紐らしきものが剣先から絡むように垂れており、パーゼル画の兵士の槍にも同様のものが認められる点を考慮すると、この素描が絵画制作段階で一般的な準備素描として利用されたと考えられるのである。それでは、ミュンヘン素描・ドレスデン素描は、何を契機として描かれたのであろうか。即ち、冒頭に述べたように、これらの素描は、実際のモデルに即して描いたのであろうか。それとも先行する絵画に基づくものなのであろうか。この問題に対して筆者は、二つの点に注目したい。一つは、ラストマン最高の絵画である〈コリオラヌスとローマの女性たち>(1625年、ダブリン、トリニテイ・カレッジ、以下「コリオラヌスJ)(図11〕の中の人物像の存在、もう一つは、レンブラントが工房内で利用した小道具の存在である(注15)。ラストマンの「コリオラヌス」からの着想「コリオラヌス」は、ラストマン作品の最大傑作のーっとして知られており、その構図法や人物の配置において、当時の美術理論に基づく形式で描かれたモニュメンタルな作品である。レンブラントはラストマン工房でこの作品に感銘を受け、その構図を模写していることが知られている。実際当時の彼の絵画作品の構図には、「コリオラヌス」に強く影響されたものが多い(注16)。ここで筆者は、この絵画の中で、本論の兵士素描と関連付けられる描写が存在することを指摘したい。それは、画面左下に馬上の人と並んで立つ背中向きの兵士である。この兵士は左手で長い槍を持ち、右手の甲を腰につけ、四つの指を折り曲げる姿で表-343-

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