鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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されている。この身振りは、実は、レンプラントの「兵士Jと全く同じポーズなのだ。確かに「コリオラヌスjの人物は鑑賞者に背を向け、甲胃を被っていない点で、レンプラントのそれとは異なるのだが、レンプラントはしばしば、先行作例から人物像を利用する際に、人物像の身振りを変更せずにその向きを全く変えることがあったのである(注17)。レンプラントは、ラストマン作品の人物像のポーズから着想を得て、独自のバリエーションで発展させた、と考えることができる。レンプラントは、師匠の絵画に占める人物像に着想を得て、その身振りを独特のバリエーションを加えながら素描制作したのである。工房での実物に基づく制作さらに筆者は、この二つの素描が、ラストマンの影響を受けながら、同時にその人物像を、実際のモデルに基づいて素描していることも指摘したい。ドレスデン素描の兵士が腰につけている剣の形状が、レンプラントの弟子ヘリット・ダウの〈アトリエの画家〉〔図12〕(1628年頃、個人蔵)の右下に置かれた剣の形状と一致している点である(注18)。このタイプの剣はおそらく、工房にあった演出用の小道具として、レンブラントおよびその周辺の芸術家が利用したのであろう。このことから、この剣を着けた兵士が実際のモデルにつけさせ、それをレンプラントが素描したと考察することができる。すなわち、この二つの素描は、レンプラントが師匠ラストマンから受けた影響を人物像のポーズを着想源としながら、そして実物からの写生素描と考えられるのである。結論本論は、ミュンヘン素描・ドレスデン素描の二つの描法に注目し、リーフェンス素描との帰属問題に触れることで二者の素描様式との対比を行う過程で、ラストマンの「コリオラヌスJとの関連性、そして、工房内に存在していた小道具がモティーフとして存在している可能性を指摘した。このことは、この二つの素描の人物像が、先行作例を参照してポーズなどが指定された、実物に即して制作されたものであることが示されるだろう。レンプラントは、過去の偉大な芸術の吸収と独自の解釈を、すでにミュンヘン素描・ドレスデン素描という、彼にとっての最初の素描の中で実行していたのである。344

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