まゆみ檀(申請名福島麻由美)⑧ 20世紀ドイツ美術における〈記憶〉の表象一一アートが現実を指示するアポリアについて(注1) 研究者:東京大学大学院21世紀COE特任研究員/城西国際大学非常勤講師はじめにドイツでは、1980年代以降、歴史博物館やホロコースト記念碑を建造しようとする気運の高まりとともに、歴史的記憶の視覚表現に対して社会の関心が注がれるようになった。そして、ナチズムやホロコーストといった負の過去を想起するにふさわしい図像や空間構成とはいかなるものかをめぐって議論が重ねられている。一方、それと呼応するように、戦後数十年にわたって暗黙裡にタブー視されてきたファシズムの過去を、正面からテーマとして扱う美術作品も、80年代から目立って増えてきた。モダニズムの時代に自律性と自己言及性を指向した美術は、こうして再び自らを社会的・歴史的コンテクストのなかに位置づけ、現実の出来事を指し示しながら何がしかを語ろうとしている。しかし他方で、20世紀の美術の流れは作家の個人的主観を後方へ退かせる方向で進んで、きた結果、現代において過去の記憶にまつわる表現をしようとする美術は、もはや想起されるべき記憶内容を語る統ーした主体という基盤をもちえなくなっている。したがって、作家の個人的主観にもとづく美的虚構性を打破する、より脱主観的で、、当時の人々によって生きられた経験に根ざした表現がめざされている。具体的には、ファシズムの時代にかかわる歴史資料や情報データが蒐集され、とりわけ個人の生きた経験にまつわるドキュメントが「遺品」や「遺影」、「固有名」や「日付Jなどのかたちで作品の構成要素として導入されるのである。さらにはまた、出来事の現場という「場所の真正さjに訴えたり、作品を地中に埋めてしまうといった空間のレトリックも好んで、採用されている。こうして、アーカイヴ型アート、サイトスベシフイック・アートとして分類される作品や、伝統型記念碑のナラテイヴを否定して「対抗モニュメント」を自称する作品などが相次いで制作されている。いまや記憶のテーマは、現代美術にとって、ミニマリズムや概念芸術などこれまでに獲得した多様な表現手法を駆使して、語りえぬものをいかに表象するか、という新たな挑戦の的になっているとさえいえる。しかし、作品中に導入された現実指示の要素は、どこまで作品の造形性と共存できるのだろうか。たんなる歴史資料の展示とは異なる、アートとしての記憶表象の構成要素となるがゆえに、その指示性や固有性は必然的に変質を被っているはずである。香川370-
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