インデクスたとえば使用される公私のドキュメントは作品化の過程で視覚的に加工されうるし、実在の事象を指し示す指標としての固有名は単なる文字デザインともなりうるからである。本報告は、こうした問題意識にたって、1980年代から90年代にかけてドイツ国内で制作されたナチズム/ホロコーストにまつわる作品をとりあげ、そこに導入された現実指示の指標の意味論的な読解、およびこの現実言及性と造形性との相互関係ないし矛盾について考察するものである。1.現実言及性の導入従来の美術には、原理的に言って、作品の外にある現実の事物や出来事を指示したり、それについて何らかの認識を与えたりする機能はなかった。米国の美学者モンロー・C・ピアズリーが論じるように、レンプラントの肖像は、それ自体はある男を「描写Jした像でしかなく、それがレンプラントという特定の人物を「肖像Jし指示することは、タイトルや伝記資料によってはじめて知られるのである(注2)。ナチズム/ホロコーストに言及する美術の多くは、こうした原理の枠内で作家の個人的主観に依拠してきた美的虚構というものを破砕するために、明確な現実指示性をもった要素を作品のなかに取りこんでいる。たとえば特定の出来事や状況を強く指示する写真、個人的な所持品や遺品、新聞・雑誌の記事や公文書といった歴史資料などである。こうした断片的なドキュメントを蒐集・保管という特徴的な方法で構成するのがアーカイヴ型アートである。その典型的な作例として、ジークリット・ジグルドソンの〈静寂の前に}(Vor der Stille、19891993)をとりあげたい。これは、ドイツ西部の都市ハーゲンの美術館で1989年から制作され、いちおうの完成を見たあとも継続的に書き込みが行なわれているアーカイヴ作品である。部屋の四方の壁を埋めつくす大きな書棚と、中央に置かれたテーブルからなり、書架の細かく仕切られた棚には、資料をスクラップした本やさまざまな品物の入ったガラスケースが収められている〔図l〕。ドキュメントはすべてナチ時代と戦後の復興期にまつわるもので、第二次大戦の時代から始まる日記、家族写真にまじった戦争の写真、ワルシャワ・ゲットーの写真、前線から家族に送られてきた手紙などのほか、新聞・雑誌の切り抜き、公文書などからなる〔図2〕。また、一見したところなぜそこに収められたのか分からない植物の押し花や、子供の玩具、薬の瓶のようなものも多数、含まれている〔図3〕。1993年の完成の時点で、12の書架に収められた本が合計730冊を数えるまでに膨らみ、蒐集された個々のドキュメントに数えなおせば、優に3万点になったアーカイヴ型アート-371-
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