鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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ターjや、カーリダーサの『リトゥ・サンハーラ』(Ritusanghar)より題材を得た「閣の中にJといったオボニンドロナトの作品を、著書に記された物語の「イラストレーションJとしているが、それを否定的に捉えてはいない。彼はむしろ、詩や物語に沿って描かれたオボニンドロナトの「イラストレーションjのなかに、「際立つた想像力」を見出しているのである。この批評が発表された1902年の後、オボニンドロナトはウオツシユ・テクニックを考案し、これを用いることで、物語上の架空の人物をぼかしと淡い色調で幻想的に表現する試みを追及していった。「色彩は、季節の変化とともに変わり、光のゆらぎによって変わり、心の気分が変わることによっても変わってくるj(注18)と述べて、色彩の微妙な変化に強い関心を示したオボニンドロナトは、物語の背景を説明するべき具体的な対象物をあえて省略し、色彩のみによって人物の心’育を表現しようと試みた。こうした傾向についてクーマラスワミは、「日本の影響を受けたオボニンドロナトの作品は極端にぼやけている。jと述べ、ウォッシユ・テクニックによる彼の表現を日本画の影響と認めたうえで、その技法がもたらす効果を「テーマを理解するには困難」ではあるが、「その暖昧さは、主題の扱いに魅力をもたらすもの」としている(注19)。ハヴェルがオボニンドロナトの想像力を評価したように、クーマラスワミもまた、ウォッシュ・テクニックによる古典的題材の新解釈を、「インド絵画の真の復興」として肯定的に評価した。『ヒンズー教と仏教の説話』に見られる挿絵には、登場人物の背景を、色彩のニュアンスやぼかしで情感豊かに表現する意図が窺われる。これらの挿絵は、オボニンドロナトによる、ウォッシュ・テクニックを生かした表現が、ベンガル派の他の画家に受け継がれたことを示している。またアジャンタ壁画の表現の導入は、ウォッシユ・テクニックが古代仏教美術と結びっく方向に発展したことを示しており、ここに、近代的な表現方法に伝統美術の要素を融合する試みを琵!めることカfできる。ウォッシュ・テクニックという新しい表現技法は、インドの古典的な説話という題材との抱き合わせで展開され、挿絵ふうの作品は、ベンガル派の画家の一つの表現パターンとなっていった。インドの古典文学や神話に関する著書にベンガル派の挿絵を添えた例は、他にもある。『ヒンズー教と仏教の説話』が出版された前後の1900年代終わりから1910年代にかけては、1909年にラマナンダ・チャテルジ編『ラーマーヤナ』(Sachitra Krittivas Rachita Saptakanda Ramayana)カfオボニンドロナトとラヴイ・ヴアルマらの挿絵付きで出版された。1916年のA.K.クーマラスワミ著『仏陀と仏教の教2.挿絵本出版の背景-383-

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