1、はじめに⑨佐賀藩鍋島家婚礼調度品の調査研究一一杏葉紋付蒔絵作品を中心に一一ー研究者:財団法人鍋島報殻会学芸員佐藤朋子大名婚礼調度は、婚礼にあたり女性の家から嫁ぎ先へ持参される嫁入り道具一式のことである。佐賀藩鍋島家の場合、鍋島家が整えた婚礼調度、なかでもその家紋である杏葉紋を付けた蒔絵作品については、これまでその存在がほとんど確認されておらず、発注の過程、製作地や製作者といった問題を含め、婚礼調度に関する研究は未だなされていない。婚礼調度は散供しやすい性格をもつものとはいえ、鍋島家との縁戚関係をたどり杏葉紋付蒔絵作品の遺存状況を確認し、蓄積したデータを分析し、関係文書を検討することにより、鍋島家の婚礼調度の諸相が明らかになるのではないかと考える。本報告では、鍋島家の婚姻の特徴を述べた上で、今回行った鍋島家婚礼調度の調査概要を報告し、そこから派生する諸問題について考察していく。2、鍋島家の婚姻の特徴佐賀藩鍋島家は36万7千石の外様大名である。初代勝茂から最後の藩主11代直大の娘、総勢62名の婚姻年や嫁ぎ先を示した一覧〔表l〕から分かる鍋島家の婚姻の特徴は、佐賀藩内の一門・一家など鍋島家の親戚にあたる上級家臣の家へ嫁ぐ例、すなわち家中内での婚姻が全69組中、32組とかなりの割合を占めていることである(注1)。本家の場合、家中内での婚姻以外では10組が外様大名、14組が、譜代大名、4組が親藩、9組が公家・宮家となっている。その傾向を見ると、西国の大大名との婚姻は少なく領国の遠い大名家ばかりであり、また幕末明治期以降の細川家・前田家を除き、石高のみでいうと基本的にすべて家格の低い家に嫁いでいる。同じ家との婚姻は、外様大名では宇和島藩伊達家とが3回、翫肥藩伊東家とが2回、公家では久世家とが2回、譜代大名では勝山藩三浦家とが3回、岸和田藩阿部家とが2回、高田藩榊原家とが2回、福山藩阿部家とが2回である。また正室として迎えた家に姫君を嫁がせる例もある(注2)。このような鍋島家の婚姻の特徴をふまえた上で、鍋島家が整えた婚礼調度の調査報告を行う。3、調査報告今回鍋島家との縁戚関係をたどり、杏葉紋(注3)の付いた蒔絵作品の遣存状況を392-
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