鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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7王( 1) この点については、東京芸術大学助教授の木島隆康氏にご教示いただいた。(2) 英語でoakと呼ばれる樹木は「樫」と和訳するのが一般的だが、日本の樹木では「柏」に最も近N 結語:ローマ支配下のギリシア入社会の自己イメージローマ支配下のエジプトにおいてミイラ肖像画は、ヒト形棺や仮面などの伝統的な手法で制作された死者の表現と並存する、複数の選択肢の一つだ、った。自然主義的なミイラ肖像画は東地中海世界では、紀元前5世紀にギリシアで発明されたエンカウスティック技法をもちいた、エジプト絵画史では新技法の絵画であり、ギリシアのヘレニズム文化を強く意識した表現の手段であったと推測される。ミイラ肖像画を制作するための画材(支持体とメデイウムと顔料)のうち、支持体の木材は地中海周辺地域からの輸入木材であったことが推測され(大英博物館による調査)、また蜜蝋をメデイウムとして用いるエンカウスティック技法とその量塊性を強調した表現は、紀元後l世紀以前のエジプト絵画にはほとんど使われなかった技法と表現である。この種の肖像画制作に関わる芸術として、ローマ共和政末期の肖像彫刻がローマ彫刻史の分野にあるが、時間的制約もあり、今回は考察の対象から外した。画材という点から検討すると、ヘレニズ、ム文化とのつながりは、きわめて根深いものと思われる。ヘレニズム世界の拡張期に各地のギリシア入社会が埋葬と飲食の形式を保持したという指摘(Walbank1981)は、エジプトのファイユーム地方の葬礼習慣の一部にも認められるのではないだろうか。たとえその連続性について未解決の点が多々あるにしてもである。すなわちエンカウスティック技法で描かれたエジプトのミイラ肖像画の表現には、ギリシア入社会の自己イメージが内包されているという提案を本稿では行う。本稿は、エジプト出土のミイラ肖像画の作例と、古代文献中に記録されたエンカウスティック技法の記述と近年の科学分析の検討から、ヘレニズム世界の絵画伝統が、エジプト、ファイユーム地方の死者の表現の一部に継承されたことを考察した。い。ゆえに本稿では「柏jの訳語を採用した。この点は国立民族学博物館元教授の森田恒之氏にご教示いただいた。*限られた紙面のため、このほかの注記は本文中の引用文献を指示するにとどめた。-415-

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