鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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⑩ 13世紀フランスを中心とする聖書図像の伝播・交流に関する研究一一『13世紀フランス語聖書J写本挿絵の展開一一研究者:名古屋大学文学研究科COE研究員1.はじめに13世紀になると、フランスにおける聖書図像の展開は、重要な転機を迎える。都市に活動の拠点を置く世俗の写本工房により、当時の神学研究の中心的拠点であったパリ大学の教本として、統一規格のもとに小型のウルガータ訳ラテン語聖書写本が量産されるようになる。他方、13世紀前半にフランス語およびラテン語で相次いで編纂された一連の『寓意註解聖書J(ビーブル・モラリゼ、Biblemoralis白)の詳細な挿絵サイクルは、その受容層がフランスの王室構成員にほぼ限定されていたとはいえ、この時代における世俗の読者の聖書図像に対する関心の広がりを傍証する。13世紀前半から中葉にかけての聖書写本挿絵をめぐるこれらの動向を特徴づける要素、すなわち、世俗の写本工房における聖書図像の展開と受容層の量的・質的な拡大、換言すれば聖書図像の需要(受容)・供給体制の変革は、これ以降、中世後期全般を通じて、世俗写本挿絵における聖書図像の展開の素地となった。このような状況のもと、これに続く14・15世紀における聖書図像の展開を方向付けることになったのは、俗語である中世フランス語に翻訳・翻案された聖書や聖書物語、聖書の史伝的説話を組み込んだ世界年代記などの成立・普及である。なかでも、13世紀中葉に成立したとされるフランス語聖書の一種である『13世紀フランス語聖書』(Bi-ble franr;;aise du Xllle siecle)、そして1291-1297年に北フランス・アルトワ地方の聖職者ギュイヤール・デ・ムーランが編纂した翻案版聖書の一種『歴史物語聖書J(Bible historiale)は、世俗の読者を受容層とするフランス諾写本における聖書図像の主要な担い手となった。筆者はこれまで、『歴史物語聖書』の挿絵に関する体系的な研究を進めてきたが、その成立に先立つ13世紀後半の世俗写本における聖書図像の研究が未だ不十分で、あることを痛感してきた。このような研究の現状に鑑み、本件では13世紀後半における聖書図像展開の主要な媒体の一つであったと考えられる『13世紀フランス語聖書』写本挿絵を取り上げ、中世後期における聖書図像の伝播・交流の中での同写本の位置づけを考察したい。駒田亜紀子-471-

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