4.『13世紀フランス語聖書』写本画家のレパートリー『13世紀フランス語聖書』写本挿絵が聖書図像の伝播・交流において果たした役割をれよりやや遅い年代が妥当と考えられる。考察する上で、画家のレパートリーは重要な手掛かりを提供する。この問題に関する重要な先行研究として、J.フォルダは、パレステイナのアッコンそしてパリを拠点に活動した写本挿絵工房に関するモノグラフの中で、コペンハーゲン王立図書館所蔵写本(リストB-14)の挿絵画家が、フランス語版『世界年代記』(Histoireuniverselle)や『エルサレムのラテン王国史』(Histoired’outre mer)など、聖地で人気を博した写本作品の挿絵を主要なレパートリーとする工房と密接な関わりを持つことを明らかにした。また、A.ストーンズは、クレテイアン・ド・トロワの写本テクスト挿絵を扱った1993年の論考において、同じコベンハーゲン写本の画家をピアポント・モーガン図書館所蔵写本(リストA5)の二人の画家のうちの一人と関連づける一方、2001年の論文では、モーガン写本の二人の画家の作品が『フランス大年代記J( Grandes Chroniques de France)やラテン語聖書、典礼用・祈祷用写本に見出されることを指摘しているoA.ストーンズは、さらに、ルーアン市立図書館所蔵写本(リストB-15)の二人の画家のうちの一人に関しても、祈祷書や世俗文学の挿絵などの作品を指摘した。また、M.カミールは、ケンブリッジ大学図書館所蔵(リストA-9)の1320年代イングランドの作例の画家が当時の支配階級の実用的著作の挿絵を手がけていることから、ケンブリッジの聖書の挿絵図像の特質を読み解こうとしている。このほか、筆者が新たにレパートリーを同定することのできた大英図書館所蔵の12801290年代イングランドの作例(リストA-6)の画家は、個人用の祈祷書として当時イングランドで人気を博した詩篇集(ケンブリッジ、フイツツウィリアム美術館、ms.2-1954)の挿絵を手がけている。以上にそのレパートリーの概略を示した『13世紀フランス語聖書』写本画家は、同定されている作品点数が比較的限られているとはいえ、ラテン語・俗語を問わず様々な分野の写本テクストの挿絵に携わっており、その意味で、当時の一般的な写本供給システムの中で決して孤立した存在ではなかったと考えられる。事実、パリ国立図書館所蔵の2点(Fr.899, Fr. 398)、アルスナル、ワルシャワ、シャンテイイ、ヴァテイカン、そして大英図書館Harl巴y616 & Add. 4175写本(リストAl、B12、A-2、A-4、A-8、B-13、A-3)の画家たちは、13世紀第4四半期から14世紀初頭のパリにおいて、ラテン語聖書から当時急速に市場を拡大しつつあった様々な俗語写本の挿絵に至るまで、実に幅広い種類の作品を手がけており、当時のいわば平均的な質の写本挿-475-
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