⑤ ビール一二ーの『古代民族年代記Jの挿絵における一考察一一中国美術の影響とペルシア絵画史における位置付け一一研究者:エデインパラ大学大学院文学部博士課程門井由佳はじめにエデインパラ大学図書館所蔵のビールーニーの『古代民族年代記(αl−瓦haral -Baqiya)Ji (MS Arab 161)はイル・ハーン朝写本の代表作の一つであり、全25枚の挿絵はベルシア絵画史上、13世紀にメソポタミア地域で製作されたアラブ絵画の影響下から脱して15世紀に確立する古典様式までの過渡期の作品として重要である(注1)。原作は、イブン・シーナと並ぴ称されるイランの大学者ビールーニー(362A.H. /973A. D. 442A. H. /1050A. D.頃)が、諸宗教や諸民族の暦にまつわる逸話に独自の解釈を加えて編纂した大作で、約390A.H. /lOOOA. D.年に完成されたと考えられている(注2)。707 A.H. /1307 A. D.年に製作されたエデインパラ版の挿絵の題材は、イスラーム教にとどまらず、キリスト・ユダヤ・ゾロアスター教の逸話から幅広く取り入れられ、実に多彩な構成を見ることができる。その作風も独自性を極め、当時ユーラシア大陸を支配したモンゴル帝国の多文化的性格を反映して、各地域の様々な伝統様式から影響を受け、それらが作り出す調和の美は他のベルシア絵画には類のないものである。この作品はペルシア絵画の概説などでしばしば取り上げられてきたが、本格的な研究は遅く、近年テーマ別研究が着手され始めたばかりである(注3)。本稿では、ビールーニー写本の挿絵における中国美術の影響について検討する。13世紀前半から始まったモンゴルの西アジア侵攻は、イラン各都市の破壊や荒廃を招いたが、反面パックス・モンゴリカの下、東西の文化交流を促し、ペルシア美術全体が大きな変革期を迎えた。この点に関する中国美術の役割、特に14世紀ベルシア絵画の様式展開における重要性はこれまでも指摘されてきたが、中国の実例との具体的な比較検討には至っていない。また、従来の研究で強調されてきた13世紀アラブ絵画とピザンテイン写本の影響関係からでは、この写本の挿絵の本質を見抜くことに限界があるので、中国からもたらされた新鮮な側面を見ることによって、この作品のベルシア絵画史上での再評価に繋げたい。以下、書誌を確認した後、前半では風景描写と中国美術の影響関係、後半では服装や家具の考察を通して中国・東アジア文化の西漸についての議論を進めていきたい。40
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