鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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全25枚、多くは長方形の2重枠内に描かれ、偏りなく各所に割り振られている。作風2 風景一新様式の展開一14世紀ペルシア絵画の発展と中国の役割を見極めるポイントの一つは風景表現であはf.129vを境に二つに分けることができるが(以下、細密画家A・Bと括る)、大差は1 書誌装丁は現代のものであるが、写本はほぼ完全な形で現存しており、扉絵と数頁に見られるわずかな書き込み以外、本文と挿絵に後世の手が加えられた形跡は見当たらない(注4)。奥付(f.l 77r)による707A.H. /1307 A. D.という製作年代は、他のイル・ハーン朝写本との関係やこの写本製作背景を考える上で、非常に貴重な手がかりとなる。しかし残念ながら製作地は分からず、現在までにタブリーズ・マラーゲ・モスル説が浮上しているが、どれも決定的な証拠に欠けている(注5)。依頼者・謹呈者に関する記述も見当たらず、なぜ原作が作られてから300年以上を経て挿絵入り写本が作られたのかは不明で、ある。最近の研究では、この挿絵の宗教色の強さに注目し、ムハンマドの閏年禁止の場面から始まりアリーの任官の場面を最高の山場に持っていく流れを、シーア派思想、の宣伝と関係付けている(注6)。1295年のガーザーン・ハーンのイスラーム教改宗後、それに追従するモンゴル支配層や社会背景を反映してこの写本の製作が発案されたのかもしれない(注7)。しかし、この写本の製作背景の問題については、今後他の写本との研究状況を考慮しながら慎重に考えていく必要がある。す法は約縦32cm、横20cm。全179folios。本文は明瞭なナスヒ一体で書かれている。挿絵はなく人物表現にわずかな違いが見られる程度である。寸法と挿絵の数を考えると、大型豪華限定本というよりは実用性を重視した普及版との印象を与える。る(注8)。イル・ハーン朝以前のアラブ・ペルシア写本の挿絵には風景という概念がみられず、例えば13世紀前半にメソポタミア地域で製作された動物寓話集『カリーラとデイムナ』〔図1〕(注9)では、自然描写は木や草に限定され、動物を自然背景の中に配置するためというよりは動物と動物の間にある空白を埋める目的で描かれ、装飾的効果を与えるだけにとどまっていた。しかし、1297年から1300年の聞にマラーゲで製作されたイブン・バクティシューの『動物の効用j(ニューヨーク、モーガン図書館、M500)〔図2〕(注10)を境にして、一部の挿絵上で中国美術の影響が顕著になってくる。モーガン写本の風景描写については、ここではかいつまんで述べることしかできないが(注11)、今まで描かれることが少なかった岩や雲が背景設定に加わり、木や植物の描写も写実性を帯びてくるのが特徴的である。しかし、全体として統一感に-41-

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