鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
514/592

2)。ルドルフ二世の美術コレクションの全容を明らかにすることは極めて難しいが、⑥ ルドルフ二世の宮廷におけるデューラー・コレクションとデューラー・ルネサンス一一一「聖エウスタキウス」をめぐって一一一研究者:近畿大学文芸学部専任講師平川佳世はじめに16世紀末から17世紀初頭にかけての北方ヨーロッパでは、デューラ一作品の模倣、借用、翻案が集中するいわゆる「デューラー・ルネサンス」と呼ばれる現象が確認されており、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世のプラハの宮廷はその中心地のーっと目されている。本論は、17世紀中葉にしたためられた一通の書簡を端緒に、プラハの宮廷における、収集されたデューラ一作品とその翻案をめぐる鑑賞形態の一端を明らかにすることを目的とする。1.ヨハン・ヴァレンテイン・アンドレーエの書簡17世紀を代表する新教派神学者ヨハン・ヴァレンテイン・アンドレーエとブラウンシュヴァイク=リューネブルク公アウグストとの往復書簡集が1649年にウルムで刊行されたが、そこに収められたアンドレーエからアウグストの子息であるアントン=ウルリヒにあてた1647年1月の書簡には、デューラーに言及した次のような興味深い文面がみられる。「彼の全作品中、版画ではエウスタキウスが第一の地位にあることを、私は芸術通から伺いました。それ故、皇帝ルドルフ二世はその銅の原板を高額で買いうけ、それ以上使い古されてしまわないように、金で塗ろうとしたといいます。」(注1) この文面は次のように解釈することができょう。すなわち、この手紙の書かれた17世紀中葉、芸術通の間では〈聖エウスタキウス〉〔図l〕がデューラーの数ある銅版画の中でも最高傑作とみなされていた。そして、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世もこうした認識を共有しており、殊のほか〈聖エウスタキウス〉を気に入って、デューラーが彫った銅の原板を高額で購入し、原板の表面に金で何らかの加工を施して、後世の後刷によって引き起こされるであろう原板の磨耗を防ごうとしたのである。ルドルフ二世が熱烈な芸術愛好家として広く認知されていたことは、彼を「当代における世界最大の絵画芸術愛好家」と称したファン・マンデルの言葉からも窺える(注-504-

元のページ  ../index.html#514

このブックを見る