鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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のの、デューラーに肉迫するような質の高い彫りをみせている。表面を観察すると、銅板の赤銅色の地の上に明るい金色の塗料が縞状に残存しており、この銅板がかつて何らかの金色の塗料で上塗りされていた痕跡と判断される。左隅の石には「1579年」ではなく「1529年」の年記がみられるが、この原板がタウジンクの指摘した金で加工された〈聖エウスタキウス〉の模刻原板であることは疑いないであろう。そして、この原板こそが、アンドレーエの伝えるルドルフ二世によって金の塗料で加工された「聖エウスタキウス」なのではなかろうか。芸術愛好家が銅版画の原板を金で加工するとすれば、それは、アンドレーエが述べるような後刷による摩耗を防ぐという保存目的もさることながら、鑑賞対象としての美的効果を高めようという動機が何よりもそこに働いていると考えられる。す法はデユーラーの原板と一致し、それを綴密に模倣しながらも左右が反転しているために紙に刷られた版画と同じ像を提示する模刻の原板は、金色の塗料を塗ってあたかも金板に彫られたように仕立てて鑑賞するには、デューラーの原板以上に適しているといえる。金や銀といった高価な素材感を兼ね備えた版画の原板を、それ自体、芸術作品として鑑賞する趣味がルドルフ二世にあった例証に、ホルツイウスによる一枚の原板を挙げることができょう〔図4〕。現在、ウィーン美術史美術館所蔵のこの原板はルドルフ二世のコレクションに由来する可能性が高いとされる。銘文などが反転していることから、この原板は実際に版画を刷ることを意図して制作されたといえるが、通常の銅版画の原板とは大きく異なり、その支持体は直径15センチほどの円形の銀板である。この銀に彫られた原板は、プリヴイレギウムを賜った返礼としてホルツイウスからルドルフ二世に贈られたと推測されている(注13)。銀という貴金属に彫られたホルツイウスの原板は、版画の原板であると同時にそれ自体が芸術作品として鑑賞されることも意図して制作されており、また、実際、ルドルフ二世によってそのように鑑賞されたと思われる。版画集にデューラーの銅版画〈聖エウスタキウス〉を収め、テやユーラー自身の手による原板も入手する一方、金の質感をもっ模刻原板を鑑賞する。まさにルドルフ二世の如き富と権力を誇る芸術愛好家のみに許される豪著な楽しみといえるが、こうしたデューラーの銅版画をめぐる複合的な鑑賞の様態には、実は、もう一枚の「聖エウスタキウスj、即ち極彩色の油彩で描かれた「聖エウスタキウスJも参与していた。-507-

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