鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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3.極彩色の「聖エウスタキウス」16世紀後半の北方ヨーロッパでは、デューラーの版画に不透明水彩等を多用して絵画風の彩色を施したものや(注14)、デューラーの版画を賦彩模写して油彩画に仕立てた作品が数多く確認される〔図5〕〔図6〕〔図7〕。ヒエロニムス・フランケンに帰される一枚のギャラリー画にも、デューラーの小型の銅版画〈戴冠の聖母〉を反転して身の丈ほどにした油彩画が描かれており〔図8〕、北方の美術愛好家たちの聞で、デューラー版画を絵画化した作品がデューラーの油彩画の代用品として広く人気を博していたことが窺える。この種の一般の美術愛好家の実践は、実際にデューラーの油彩画を入手しえたルドルフ二世のもとでは一種の変容を遂げて発展した。その一つが、ルドルフが収集したデューラーの素描を腕のたつ現代作家に絵画化させる試みである〔図9〕〔図10〕。デューラー素描の絵画化は、複数存在する版画に対して、世に一点しか存在しない素描を輝く油彩に蘇らせるという点で、収集家に格別の楽しみを与えたことであろう(注15)。一方、ルドルフ二世の死後制作された1621年のプラハ城の財産目録には、次のような記載がみられる。「1321番聖フーベルトス、彼の前に鹿があらわれた場面。アルブレヒト・デューラーに基づく模写J(注目)この作品は、デューラーの銅版画〈聖エウスタキウス〉を絵画化したものと推測されるが、その同定は未だなされていない。現在、ドーリア・パムフィーリ美術館には、デューラーの銅版画を板に油彩で絵画化した〈聖エウスタキウス〉〔図3〕が所蔵されているが、一般の美術愛好家向けに制作された他のデューラー版画の絵画化作品と比較すると、描写の質が格段に高く、かなりの技量を有する画家がこの作品を手がけたことに疑いはない。樹木の葉の描写は、この画家が、デnユーラーの時代のドイツの画家たちの樹葉の描き方に精通していることを示している。ルドルフ二世が収集したレオンハルト・ベックの油彩画〈竜を退治する聖ゲオルギウス〉の対作品としてベックの風景描写をそのまま借用して描かれたスプランゲルの〈ヴィーナスとアドニス〉に顕著なように、ルドルフ二世の宮廷画家たちは、この時代にあっては珍しく、16世紀前半のドイツ絵画の描写に習熟しうる立場にあったことが、ここで想起されよう(注17)〔図11〕〔図12〕。-508-

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