鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
519/592

phu nu 注この他、ドーリア・パムフィーリ美術館の〈聖エウスタキウス〉では、ピンクや硬質な白等の独特の色彩がプラハのマニエリストの様式特徴に極めて近く、また、同美術館には、ヤン・ブリューゲル(父)がルドルフの宮廷で、デューラー素描に基づき制作した〈動物の聖母〉〔図10〕も同じく所蔵されているO先に行った調査では画面に署名等は確認されず(注18)、具体的な制作者を同定するには様式分析や来歴調査等さらに詳細に行う必要があるが、この板絵が1621年の財産目録に記載された作品であり、ルドルフ二世の宮廷で描かれたものである可能性は極めて高いと思われる。1621年の目録に記載されたこの〈聖エウスタキウス〉が、ルドルフ二世の宮廷でデューラー版画を絵画化した、確認されうる唯一の作例であるが、アンドレーエの伝える逸話、そして、実際に金で上塗りされた模刻原板に照らすなら、この〈聖エウスタキウス〉をデューラー絵画の単なる代用品とみなすことはもはや不適切で、あろう。デューラーの版画芸術の真骨頂を示す黒線の〈聖エウスタキウス〉、巨匠のピュランの息吹を伝える赤銅色の原板、金色に輝く模刻原板の〈聖エウスタキウス〉という複合的な作品連鎖の中で、当代の優れた画家の手による極彩色の油彩画〈聖エウスタキウス〉もまた、生成し、鑑賞されていたのである。以上、アンドレーエが残した一通の書簡を手がかりに、「聖エウスタキウスjをめぐる考察を進めてきた。これにより、プラハの宮廷に収集されたデューラ一作品を核とする複層的な美的様態の一端を明らかにしえたとしたら、本論の目的は概ね達せられたと考える。(1)“Ex omnibus vero ejus specirninibus Eustachium in Caelatura primas tenere, a peritvs rerum accepi, C吋uscupream larninam cum Imperator RVDOLPHVS II. f1巴I,mem, mango red巴rnisset,inaurari voluit, ne amplius atterer巴tur.'’SelenianaAugustalia Johannis Valentini Andreae, Ulm, 1649, p.308. (2) K. van Mander, Den Grandt der Edel VηSchilder-Const, H. Mied巴ma(ed. ) , 2 vols. , Utrecht, 1973, vol. 1, pp.40-41, fol. 4 v. (3) K. Garas,“Zur Geschichte der Kunstsammlungen Rudolfs E”,Umeni 18, 1970, pp. 134-140, esp.134. (4) K. van Mander, The Lives of the Illustrious Netherlandish and German Painters, jトomthe First Edition of the Schilder-boeck (1603 1604) vol. 1, Doomspijk, 1994, pp.108-109; T. Dacosta Kaufmann, The School of Prague, Chicago, 1988, p. 4 . (5) J. Neuwirth,“Rudolf II als Diirer Sammler", Xenia Austriaca 1 -4, 1893, pp. 185-225.

元のページ  ../index.html#519

このブックを見る