に依拠していると思われる〔図7〕(注16)。各所に小石を散らし、地面の表面に彩色を施して立体感を表現する草の表現、いわゆる「モンゴル・グラス」(注17)は、モーガン写本に初めて登場して以来一つの様式として確立していくが、この写本では細密画家Bが好んでこの様式を採用している(注18)。最後に雲に注目してみよう。雲は基本的に上部が隠された状態で現れ、白で輪郭糠を整えつつ、青の濃淡で陰影が表現されている〔図8〕。風景設定における雲の重要性が、モンゴル時代に初めて西アジアで認識されたことについては先の論文で詳しく論じているが(注19)、雲は中国の風景画というよりは工芸品、金色の縁取りが施されているところから主に織物に使われていた意匠に依存していると思われる〔図9〕。ビールーニー写本の雲の表現は、まだ景観を作る段階には至っていないが、図2に見られるモーガン写本の雲に比べ、綿飴のような弾力性を帯び、時に後方部がたなびいた積乱雲の姿を巧みに表現している。ほほ上記の事項は各挿絵にあてはまり、一見変化に乏しく見える風景表現が続く中、最後の二枚の挿絵、「破門」(f.161r)〔図10〕と「アリーの任官」(f.162r)〔図11〕は、その斬新な風景描写において注目に値する。前者では、色彩豊かに描かれた雷雲が天空に広がり、不安感・絶望感を高め、アリーの悲運を示唆しているかのようである。後者はひときわ異才を放ち、前景と後景を空白で大胆に二分し、この劇的な場面を巧みに映像化している。後景に荒涼とした木立の聞にキノコ雲が浮かび上がるだけの簡素な設定だが、脅威を感じさせ印象深い。この二枚の挿絵は、細密画家Bの個性が現れた逸品といえるだろう。以上、簡単にビールーニー写本の風景表現を観察し、中国美術との影響関係を整理してみた。ここまでの考察で、中国からもたらされた風景表現を参照しながら新しい風景設定の構築に努めていることが明らかになった。モーガン写本などの同時代作品との関係を指摘することもできたが、ストーリに応じてその色、形、位置を変えることで場面に緊張感を与える手法はこの写本から始まったと言ってよい。本文と挿絵の関係、さらには挿絵の視覚効果が意識されはじめた証拠であろう。また、ペルシア絵画における風景表現の発展の端緒を開いたのは中国絵画のみならず、木版画や工芸など中国の美術全般に渡っていることが確認できた。次に、風景以外の描写に注目してみよう。ビールーニー写本で描かれている服装は非常に中近東色が強い。登場人物の多くはターバンとカブタン・ドレスを身にまとい、3 服装・建築・家具一混和の美一-43-
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