鹿島美術研究 年報第20号別冊(2003)
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⑨ 詩歌を主題とする棟方志功の版画について一一戦前の初期作品を中心に一一研究者:福島県立美術館学芸員吉村有子1.はじめに版画家、棟方志功(1903-1975)の代表作には文学、なかでも特に詩歌を主題とするものが数多い。処女版画集〈星座の花嫁〉をはじめ、柳宗悦ら日本民芸運動の指導者たちとの出会いの端緒を作った〈大和し美し〉、初めて拓本刷りを試みた54柵(注1) にも及ぶ大作俗語節、幅10メートルと戦前戦後を通じて最大級のスケールのとうほくきょうきもんふ〈東北経鬼門譜〉、版画で帝展初の特選を受賞した〈善知鳥版画巻〉、第2回ルガノ国際版画ビエンナーレで日本人初の優秀賞を獲得した〈女人観世音板画巻〉(注2)など多くの作品があげられる。棟方は、画家を志して上京する前から青森で友人たちと文学・演劇研究会〈猪の会〉を結成し、詩作や朗読など熱心な活動を行っていたほどの文学好きだ、った。独特のリズム感を持ち、詩や物語の朗読にも独自の序破急があったという棟方は、韻律を伴う詩歌には特に愛着を抱いていたようである。版画の道を志したのも、自作の詩文が画面に記された川上澄生の木版画〈初夏の風〉に感銘を受けたことがきっかけとなっており、日本浪受派の詩人をはじめとする様々な文学者とも親交があった。そのような棟方にとって、近現代詩や俳句、短歌、謡曲などの詩歌を作品の主題として取り上げるということは極めて自然な成り行きだったのだろう。そして、それら詩歌を主題とする作品の中でも戦前に制作されたものは、柳宗悦ら日本民芸運動の指導者たちからの教えや、棟方自身の故郷への思いなども取り込みながら、一作一作意欲的な表現上の試みがなされているように思われる。この論考では、それら戦前の詩歌を主題とする初期作品に焦点を当て、検証していきたい。棟方は大正13年21歳の時に洋画家を志して上京した。しかし、帝展に落選を重ねるうち、正確なデッサンと遠近法に基づいた迫真的表現を基本とする洋画の世界で、強度の近視のためにモデルの身体の線も見えず、ものの奥行きも捉えられない自分の洋画家としての資質に懐疑的になる。そして、そのような中で、出会ったのが川上澄生の木版画〈初夏の風〉(大正15年)〔図l〕だ、った。大正15年、第5回国画創作協会展に出品されたその作品を目にした棟方は、洋装の女性がそよ風にドレスの裾をおさえるという清新な絵柄に情感あふれる詩文が表された異国情緒漂う作風に感銘を受け、版画の道を志すようになる。昭和6年に刊行された初版画集『星座の花嫁』には、〈花か2.日本浪蔓派とのかかわりによにんかんぜおん83

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