待されていた。真実はどうであれ、素描する人が画中にいることで、鑑賞者はそれが現実に画家の目の前に展開されだ情景だと受け取ったと考えられる。なお、戸外で素描する人のモティーフに現実の証人としての役割が与えられていたことは、このモテイーフが、画家が現場に居合わせたとは到底考えられない歴史上の出来事を扱った作品に登場しないことからも明らかである(注7)。らに強調した作品が現れた。ジャック・カロ《ブレダの攻略》(1628年)〔図2〕は、スペイン領ネーデルラント執政イザベラ大公妃の依頼を受け、現地取材をした後に制作された版画である。前景向かって右手にはスペイン側の司令官たち、中前景にブレダの街を包囲するスペイン軍、画面中央にはブレダが描かれている。地平線は商い位置に設定され、遠景には広大な眺めが広がっている(注8)。前景左手には、箆囲戦の様子を素描するカロ自身の姿が認められる(注9)。構図上は先例を踏まえているものの、画家は画面の隅に配置されているので、ルプソワールの機能を十分に果たしているとは言い難い。だがそのために、かえって素描する人の現実の証人としての機能が強調される結果になっている。ただし、カロはブレダの攻略が終わった後に注文を受け、現地取材をしたといっても包囲戦そのものを実見したわけではない(注10)。その意味では、画中の素描は虚構である。素描する人は、戦争という極めて政治的な出来事を主題にした、舞台上の役者のひとりである。《ブレダの攻略》においてカロは、都市をより客観的なイメージである平面図(注11)として描き、ブレダの包囲の歴史性を際立たせようとしている。しかし彼は中立の立場から制作をおこなったわけではない。現実の証人とはこの作品の場合歴史的事件の傍観者ではなく、勝利の証人なのである。カロの〈ブレダの攻略》が完成したのと同じ1628年、サミュエル・アンプジンクは『オランダの都市ハールレムの記述と礼賛』(注12)を上梓した。この本の挿絵として、ピーテル・ヤンスゾーン・サーンレダムは《南から望むスパールネ川とハールレムの眺め》を描いている〔図3〕゜17世紀の初め頃より、ヘンドリック・フロームの作品に典型的にみられるような都市の描写に焦点をあてた風景画や、水平線上に都市の概略が認められる海景画が徐々に人気を呼び始めていた(注13)。サーンレダムは画面構成等において、ハールレムで活躍していたフロームのこうした油彩作品を意識していたと思われる。ハールレムは低い視点から描かれており、前景左手前に描かれた街17世紀になると、戸外で素描する人に与えられた現実の証人としての機能をことさ-91-
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