鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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他、人物、動物・魚、文字を書いたものの順となっている。本作品の中では、草花図の中に線描のみによる表現が見られる点が興味深い〔図3〕。辻ガ花に見られる墨描きの文様と類似しており、慶長期の意匠を思わせるものである。花鳥の他には、風景あるいは名所絵的な図様(注13)が比較的多い点、また、和歌を描いた貝〔図4〕が含まれている点が注目される。『宜胤卿記』、長享3年(1489)8月9日条には貝に和歌を書き付けたとの記事が見られるが(注14)、本作品からも、貝と和歌が結びつくものであったことが窺える。なお、和歌が書かれた貝は、一つをのぞいては他の貝よりも少し大きく、縦約6.5センチ、横約9センチ、厚みは4.6センチであり、装飾も異なるため、他の貝絵とは時を異にして製作されたと考えられる。(3) 林原美術館所蔵綾杉地獅子牡丹葵紋蒔絵貝桶付属合貝(以下林原美術館本と呼称)林原美術館所蔵「綾杉地獅子牡丹葵紋蒔絵貝桶」には合貝が付属しており、これまでに、大熊立治氏監修の『貝あわせ』でカラー図版が紹介されている(注15)。大熊氏は同書で、対で現存している貝は355個、片貝のみのものは11枚、貝の大きさは、縦が7.3センチ、横が9センチとしている。本作品は池田家伝来で、池田光政の娘で一条教輔に嫁した輝姫の婚礼調度として、慶安2年(1649)年に誂えられたと考えられている(注16)。胡粉による盛り上げと金箔の装飾に、濃彩で絵が描かれている。18■19世紀に時代の下る他の現存作例の多くは、同様の表現である。画題としては、最も多いのは人物図で、中でも、127個と3枚という源氏絵の多さは目を引く。続いて、草花、器物、花鳥、動物・魚貝という順である。中でも、約15%を占める器物の図様も特徴的である。これら、17世紀に制作されたと思われる現存作例数例を見ていくと、個々に特徴があると同時に、貝絵に共通の画題や表現があることがわかる。貝絵を考える際、当時盛んに製作され流布していた小画面絵画である扇面画との類似が想起される。扇に和歌や漢詩を書き付けた例は室町時代の文献にも多く見られ、図様も歌絵と関連するものがしばしば描かれている。貝絵の中には、和歌を暗示する歌絵と思われる図様が多く見られるが、詠歌と結びつき、かつ、贈答などによって物理的にも広く流通していた扇面画が貝絵製作の素地の一端となっていたのではないだろうか。ここで、扇面画そのものではないが、16世紀から17世紀の作と考えられる数例が現存する「扇面草子」(注17)を参考にして、貝に描かれた歌絵をみていきたい。扇の絵の周りに和歌が書かれている「扇面草子」は、ある図様からどのような和歌が-101 -

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