鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
111/598

13・図14・図15〕を描いた図様も、複数に見られる。神宮徴古館本には他にも、紅葉連想されていたかを知ることのできる興味深い作品群である。その扇面草子と共通する図様が、複数の貝絵に見られる。紅葉と鹿は「おく山に紅葉ふみわけなく鹿の声きく時ぞ秋はかなしき」(『古今和歌集』読み人知らず)など多くの和歌に詠まれ、歌絵としてもポピュラーであったが、貝絵としても徳川美術館A本〔図5〕、神宮徴古館本〔図6〕、林原美術館本に描かれて、高津古文化会館本扇面草子〔図7〕、嵯峨本と言われる版本の扇面草子〔図8〕にも同様の図様が見られる。また、神宮徴古館本の琴と松を描いた貝絵〔図9〕は、「ことのねに峰の松風かよふらしいづれのをよりしらべそめけむ」(『拾遺和歌集』斎宮女御)という和歌が書かれた扇面草子〔図10〕と共通している。同様の図様は、別の扇面草子(根津美術館所蔵「扇面歌意画巻」)にも見られる。徳川美術館A本〔図11〕の場合は松の木は描かれていないが、この場合も、屋外に琴が置かれるという現実にはあり得ない状況が描かれているため、何らかの和歌と結びつく歌絵と考えて良いのではないだろうか。また、いかだ師〔図12・図と鎌を描いた図様〔図16〕が見られ、これは紅葉を刈る、つまり「紅葉狩り」を表しているのではないかと思われる。また、貝絵の特徴的な画題として、器物が挙げられる。特に、徳川美術館A本と林原美術館本には、共通する器物の固様が多く見られ、それらは、鏡台〔図17〕や双六盤〔図18〕、琵琶〔図19〕などの楽器といった大名道具に含まれる調度品で、前田家伝来の貝絵〔図20成巽閣所蔵(注18)〕にも、双六盤図など同様の図様がみられ、大名家の姫君にとって身近な品々を貝絵に描いたと考えることができる。一方、異なる環境で享受された貝絵にも、器物の絵は描かれており、たとえば曇華院所蔵の合貝(注19)の中には、林原美術館本とも共通する帯とちりとりを描いたもの〔図21]が見られ、貝絵に共通する画題の一群であることがわかる。器物を描いた絵画としてここで想起されるのが、サントリー美術館所蔵の「鼠草子絵巻」(室町時代)である〔図22〕。姫君に逃げられた鼠の権頭が、姫君の残した道具類によせて歌を詠む場面で、器物の傍らに和歌が書かれているが、ここに描かれている琴や碁盤の図様は貝絵を思わせる。こうした、器物から和歌を詠む素地があったことを考えると、貝絵における器物の図様は、享受者にとっては、まずは身近な品々として理解され、同時に、特に歌絵の一群を含んでいる17世紀の貝絵の場合は特に、和歌を想起させる図様としても、重層的に読みとられていた可能性を指摘しておきたい(注20)。このように、貝絵には扇面画や歌絵といった前時代からの伝統が色濃く見られるが、-102 -

元のページ  ../index.html#111

このブックを見る