鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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⑮ 昭和戦前期の洋画における古典主義と浪漫主義研究者:東京国立近代美術館研究員大谷省吾はじめに「シュール派にロマンチックなものが、独立派その他には一種のクラシックなものが、純粋絵画的に追究されてゐる」(注l)。「芸術史上に対立する口つの大きな潮流である古典主義と浪漫主義の思想でさへ、今日ではあからさまに同存並存してゐる。(中略)極端な言ひ方をすれば古典主義的浪漫主義があり、浪漫主義的古典主義があるといふことさへも、珍しいことではない」(注2)。上に引用した文章は、いずれも昭和戦前期の洋画における、古典主義と浪漫主義の併存現象を述べたものである。前者は1936年の佐波甫の文章、後者は1939年の瀧口修造の文章の一節であるが、一見よく似て見えるこれらの文章で意味されている「古典主義」と「浪漫主義」の意味合いは大きく異なっている。佐波のいう「クラシックなもの」とは、独立美術協会を中心に台頭したいわゆる「新日本主義」の画家たちの追究した日本の伝統美術を指しており、佐波は同文中で続けて次のように述べている。「最近ことに著しいこれらの日本の古伝統への復帰、古典的の再認識といふことは、封建的な残滓の表面に濃厚に表はれた市民社会の発展と相侯つて、一種の古典主義といふやうなものを形づくつているのである」。そして、佐波はあくまでこの「クラシックな」傾向を、「ロマンチックな」シュルレアリスム傾向と対立的に捉えている。こうした考え方は、今日に至るまで、この時期の美術状況を概観する際に設定されてきた図式といってよいだろう。すなわち、前衛的傾向としてシュルレアリスムと幾何学的抽象を挙げ、一方で「新日本主義」とよばれる日本の伝統的な装飾美を参照した様式を挙げて、両者を対比的に論じようとするものである。大雑把な二元論でいえば「モダニズム/ナショナリズム」あるいは「前衛/伝統」の対立であり、さらにいえば、戦時下において前者が後者によって圧迫されていった、と語られてきた。近年の研究の進展により、こうした単純な見方には修正が加えられつつあるとはいえ(注3)、この時期の状況を語る枠組みはそれほど変化していないようにみえる。だが、「古典」といえば、佐波のいう日本の伝統ばかりではなく、油絵の場合は当然ながら西洋美術における古典への態度も問題となる。冒頭で引用した二つの文章のうち、瀧口修造による指摘では、むしろ西洋における古典が意識されているようにみ-151 -

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