鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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⑯ ウィレム・ファン・ミーリス(1662-1747)の店舗画--17世紀オランダ風俗画の継承と革新—派18軋紀前半の画家、ウィレム・ファン・ミーリス(Willemvan Mieris, 1672-174 7) 17世紀美術の繁栄を支えた自由な絵画市場は衰えを見せ、17世紀末から古典主義様式研究者:東北大学大学院国際文化研究科博士後期青野純子はじめにアーチ型の石造りの窓枠、重厚なカーテンの向こうに垣間見える家庭の情景。17世紀末から18世紀前半のオランダ風俗画には、こうした17世紀盛期の風俗画、とくに「レイデン精緻画派(Leidsefijnschilders)(注l)」の作品を初彿とさせる題材や構図が頻繁に描かれる。このような傾向は、この時期の美術に特徴的な「衰退」の兆候、栄光の17世紀美術に盲目的に従う「模倣」の例として、長い間軽視されてきた。しかし近年、17世紀末以降の美術が関心を集め、絵画収集や理論の研究が進むなか、17世紀末から18世紀前半という時期は、17世紀盛期オランダ美術をはじめて意識的に受容した時代として、新たな評価を受けるようになった(注2)。つまり、当時の理論家や批評家、コレクターが、17世紀オランダ美術を自らの時代の美術と区別し、一種の「黄金の世紀」として定義し、収集し始めたという見方である。そこで、改めて問いたいのは、ではこの時代の画家たちは、絵画制作という行為において、どのように17世紀美術を受容したのか、である。この問いを風俗画という領域で考察するために、筆者はこれまで、レイデン精緻画を取り上げ、17世紀風俗画題材「店舗画」を継承した彼の作品について研究を行ってきた。その結果、画家が、コレクターの17世紀オランダ絵画評価に敏感に反応しながら、17世紀風俗画の一部を継承し、変更し、新たな作品を制作する事例が確認され、絵画制作における実践的で積極的な受容のあり方が明らかになってきた。18世紀初頭、の物語画で人気を博した一握りの画家を除けば、画家の命運は彼を支援するコレクターの双肩にかかっていた。そして風俗画という領域において、両者の最大の関心事は、失われつつある「17世紀美術Jとは何だったのか、それをどう捉えるべきなのかであった。本稿では、こうした画家とコレクターの17世紀を振り返る視点が最もよく現れた作品のひとつ、ウィレム・ファン・ミーリスの店舗画の代表作〈雑貨商》(1717)を取り上げ、18世紀初頭の風俗画制作の背景を具体的に示したい。さらに現在、この画家の本格的作家研究が存在しないため、18世紀のコレクションに所蔵された彼の作品を新たに同定し、そのコレクションの一部を再構成する(注3)(挿図参照)。-161 -

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