2.画家の視点:手本としてのヘリット・ダウの〈雑貨商》(1647)1.問題の所在:ウィレム・ファン・ミーリスの《雑貨商》(1717)「店舗画」とは、17世紀半ばにヘリット・ダウ(1613-1675)が考案し、その後、彼の後継者であるレイデン精緻画派の画家によって18世紀後半まで繰り返し描かれた題材である。多種多様な商品が並ぶ店内の情景は、素材を描き分ける精緻な描写を得意としたこの派の画家に最適のテーマであった。ウィレム・ファン・ミーリスの《雑貨商》(1717)〔図l〕は、1988年に開催された大規模な展覧会『レイデン精緻画派』に出品されたのを契機に、この画家の後半期の傑作として脚光を浴び、二つの重要な点が指摘された(注4)。第一に、この〈雑貨商》はとくにダウの〈雑貨商》(1647) 〔図2〕と構図が似ていること、第二に、ヨハン・ヘンドリック・ファン・ウァッセナー・オブダムというコレクターがこの作品を注文した可能性である。後者に関しては、その後の調査で、このコレクターが〈雑貨商》に825ギルダーもの高額を払った事実が明らかになった(注5)。では、画家はどのような状況でこの作品を描くことになり、コレクターはなぜこの作品を高く評価したのか。以下では、この二点を出発点に、《雑貨商》の制作の背景を画家とコレクターの両者の視点から再構成し、18世紀初頭における17世紀風俗画の題材の継承の一例を浮彫りにしたい。ウィレム・ファン・ミーリスは、ダウの最も優秀な弟子と目された父フランス・ファン・ミーリスを師にもち、彼らの正統な後継者、レイデン精緻画派の画家として、風俗画、物語画、肖像画、風景画とあらゆるジャンルで、写実的な細部描写の際立つ作品を制作した。17世紀末から作例の見られる彼の店舗画は、17世紀のダウの題材が最も意識的に継承された風俗画作品である。多くの場合、ウィレム・ファン・ミーリスは、ダウの考案したアーチ型の窓枠を用い、彼よりも多種多様な商品を描き出すことで、ダウの精緻な描写を強調した形で継承し、同時にウィレム・ファン・ミーリス独特の優雅な物腰の人物を添えて、当時の古典主義様式との折衷をはかっていた。さて、問題の〈雑貨商》〔図1〕と、類似点が指摘されたダウの最初の店舗画〈雑貨商》(1647)〔図2〕ぐ注6)を比較してみると、たしかにウィレム・ファン・ミーリスの《雑貨商》には、上に述べた彼の店舗画の一般的特質が認められる一方、題材とモチーフの点では両作品の類似が際立つ。両者とも雑貨店で、商品の計凪に忙しい売り手、とカウンターの前で待つ買い手を描き、共通するモチーフとしては、天井から下がる木製の物掛け、そこに掛けられた天秤と紐のコイル、棚に並ぶラベル付きの箱、部屋の奥に釣られた蝋燭などが見られる。だが、最も注目すべきは店内の空間構-162 -
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