鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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古代インドの民間信仰であるヤクシャ(Yak~a,夜叉、薬叉)は非アーリヤ起源であ⑰ 財宝系ヤクシャ像の系譜に関する研究パドマニディ・シャンカニディの形成と展開―--研究者:名古屋芸術大学非常勤講師永田はじめに一財宝を司る神ヤクシャとその造形一り、あらゆる生命力を支配する恵み深い豊饒・多産の神々である。また逆に荒ぶる神として人々に畏怖心を与える存在でもあった。古来、人々はこの神々に対し、豊饒.多産や病気平癒、さらには子宝を願ったり、神の畏怖心を鎮め、人々が住む共同の安寧を願ったり、仏教が興隆する以前から、この神を偶像として造像し、信仰していた。このようにヤクシャの様々な職能には、豊饒・多産と関連して、その本来的職能として財宝を司る性格がある。ヤクシャと財宝の結びつきは、初期の造像からヤクシャの性格を明示するものとして注目される。例えば、マトウラー、パールカム出土のヤクシャの丸彫像においてはその銘により、そのヤクシャの名称が知られ、「マニバドラ・ヤクシャ」と同定される(注1)。このヤクシャの名称にみえる「マニ(mai:ii、摩尼)」は「宝」を意味し、その名称からも財宝との密接な関連が窺える。またこの財宝との関連は、古代のヤクシャ神像が手に執る貨幣が満たされた財布にも見出される(注2)。よって本稿で取り上げる財宝系ヤクシャ像とは、ヤクシャの多様なイメージの中でも財宝と特に関連する像である。特に本研究では「マニ」と同様、「宝、財宝」を表す「ニデイnidhi」の造形を取り上げる。ここでいう「ニデイ」とは、本来財宝神クベーラが有する財宝を指し、八つ乃至九つの財宝をもっとされる。その中でも蓮華(パドマ)、法螺貝(シャンカ)の二つは人格化され、クベーラの脊属となる。本稿の目的は財宝神クベーラの財宝である「ニデイ」の造形について、パドマニデイ、シャンカニディを中心にその成立とインドからスリランカに至る展開を跡付けることにある。財宝神クベーラは北インド中心に信仰され、6世紀以降盛んに造像された。その反面、デッカン地方以南の南インドにおいてはクベーラの単独神像はあまり確認できないが、クベーラに代わる財宝系ヤクシャとしてその財宝を人格化したニディ像が盛んに造像された。特にパドマニデイ、シャンカニディは6憔紀以降、デッカン地方以南のヒンドゥー諸王朝が造営したヒンドゥー寺院、またスリランカにおいてはアヌラーダプラ時代の仏塔(ダーガバ)や王朝の宮殿の入口の守門像として受容されていく。郁-173 -

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