れたガードストーンの作例〔図6〕である。高さは76cmの小型であるが、極めて興味深い像容、区像を示している。この像は立像で、小人型ヤクシャ、いわゆるガナの姿をとるが、頭部に注目すると、摩減が激しいが、頭頂に法螺貝の渦巻が確認され、この像が法螺貝の形をした冠を被っており、シャンカニデイであることがわかる〔図6〕。さらにその法螺貝形の冠の頂きからコインの束状のものが垂下しており、それを右手であたかも守門像の持つ根棒のように持っている。この法螺貝から生じるコインの束の表現やそれを根棒のように執る形式は、前述の南インド、アーンドラ地方のシャンカニディ像〔図2〕と酷似しており、南インド、アーンドラ地方のニディ像の図像伝統を遵守している。この点からもこの像がスリランカにおいて古様を呈する作例として位置づけられる。こうしたトゥーパラーマ仏塔の参道のシャンカニデイの作例のように法螺貝形の冠を被る例は他にも、アバヤギリ仏塔の入口に配された作例にみられ、対尊となるパドマニディ像とともに入口を守護している〔図7〕。このシャンカ像と対尊となるパドマニディ像もアーンドラ地方の作例と同様、蓮華形の冠を被り、両者ともに頂きからコインの束状のものが垂下し、守門としてそれを椙棒のように執っている。このことから古都アヌラーダプラのパドマ、シャンカニデイの作例は前述の中世期のデッカン、タミル両地方の系譜ではなく、南インドのアーンドラ地方の古い図像の系譜に属していることが明らかである。またアヌラーダプラにおいてアーンドラ地方の古い図像伝統は長く持続し、最も時代の降る作例とみられるヴィジャヤバーフ1世の宮殿の入口のパドマ、シャンカニディ像においても、両像ば法螺貝、蓮華の形の宝冠を被っており、手には槍を持っており、その下半分が獅子の口からコインが生じ垂下するものとなっている〔図8〕。ここでもアーンドラ地方の古い図像伝統がなお根強く残っていることがわかる。以上の考察からスリランカの古都アヌラーダプラのパドマ、シャンカニディ像は南インド、アーンドラ地方の系譜を引いていることは明らかであろう。おわり以上、南インドからスリランカに至るパドマニデイ、シャンカニディ像の形成と展開を現地調査に基づき、現存作例を軸に考察を進めてきた。パドマニデイ、シャンカニデイの造形はシュンガ朝のベースナガル出土の如意樹柱頭にその原型があり、象徴的な表現でクベーラの財宝であるパドマとシャンカを表現していた。その後、南インド、アーンドラ地方の後3■4世紀のナーガールジュナコンダにおいて人格化の最初の例が登場し、人体像としての造形の成立が南インド、アーンドラ地方にあることを-179 -
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