に浸透する牧歌的な雰囲気は、こうした版画に見られるサテュロスやニンフたちの牧歌的な集いや道行きの場面と無関係ではないだろう。しかし一方で、山羊に乗る幼いバッコスという図像に関しては、むしろ、この神の幼年期のエピソードや祭祀を表わした古代美術のなかに、より具体的な視覚的源泉を指摘できるように思われる。トウルカンによれば(注15)、成人のバッコスが山羊、羊、あるいは豹といった動物に騎乗する図像は、前4世紀のアッテイカ陶器(注16)やモザイク画(注17)に既に描かれており、時代が下るにつれて、徐々に幼児の姿(時として翼がある)で表されるようになる(注18)。こうした古代作例のなかで、プッサンが目にした蓋然性が高いものとして、17世紀にローマのファルネーゼ家の所蔵するところとなっていた、紀元前1世紀中頃のカメオ〔図5〕を挙げたい(注19)。というのも、セネシャルが明らかにしたとおり、プッサンは当時ファルネーゼ家の所蔵であった古代彫刻を素描しており、同家のコレクションに親しみうる環境にあったと想定できるからである(注20)。このカメオには、豹に乗った幼いバソコスが、後ろからニンフに支えられて進む姿が表されている(注21)。バッコスが乗る動物は、カメオでは豹、プッサンの絵では山羊〔図4〕、と異なるとはいえ、双方における小さく愛らしいバッコスの姿と、後ろからかがみこむようにして彼を支えるニンフの姿には、極めて近しい類似を見てとれるだろう。同様のモチーフは、17世紀にはローマにあったことが想定される古代の石棺レリーフ(140-150年頃)(図6〕にも見出される(注22)。ここには、バッコスのエピソードが三つ並べて表され、一番左端に、羊に乗った小さなバッコスが後ろからニンフとおぼしき女性に付き添われて進む様子が彫られている〔図7〕。バッコスが頭の上に布で覆われた箕の籠を載せている点では(注23)、プッサンの絵とは大きく異なるが、動物に乗り、背後から人物に付き添われるという基本的な設定は一致している。初期のプッサンが古代美術を熱心に学んでいたことは(注24)、1620年代後半に古代愛好家カッシアーノ・ダル・ポッツォとの親交を深め、30年代にはポッツォの「紙の博物館」のために古代遺物を素描していた事実に端的に示されている(注25)。古代美術を学ぶ途上で、プッサンは、上記二点の古代作例かその類例を目にする機会があり、このモチーフの借用に至ったと仮定してもよいのではないだろうか。プッサンが《バッコスの養育》を描いた頃、すなわち1620年代後半のローマでは、古代美術の学習はもちろんのこと、テイツィアーノに代表されるヴェネツィア派の絵画の模倣もまた、画家たちの学習過程に不可欠なものとなっていた(注26)。こうした環境を考慮するなら、古代作例からモチーフを取り入れつつ、全体としてはティッ-230 -
元のページ ../index.html#239