鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
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大きな転換が起こりつつある時期であった。テュイリエによれば、1620年代のパリでは、模範とすべき近代の芸術家として、ミケランジェロ、ラファエッロ、パルミジャニーノの三名を同等とする見方があった(注42)。しかし、1630年代にこのヒエラルキーは急速に変化し、1640年から60年までのほぼ20年間に、画家が規範とすべき芸術は、古代美術、ならびに古代で既に完成された美の規範を近代において最もよく理解し、再び達成したラファエッロとなる(注43)。マザランが宰相を務めた時期とほぼ重なるこの20年の間にパリの画壇を席巻したのは、古代とラファエッロを手本とし、余分な要素を排した簡潔さと穏やかで優美な雰囲気とを兼ねそなえた絵画であった(注44)。こうした潮流のなかで、ステラは、ラファエッロに着想を得た「聖家族」を何度も手がけている。1651年に描かれたデイジョン美術館所蔵の《聖家族》〔図13〕も、そのひとつである(注45)。ここには、幼児キリストが、洗礼者ヨハネの先導する仔羊に乗り、背後から聖母マリアに支えられて進む様子が描かれている。一歩引いた位置から聖ヨセフが聖母子の行進を見守り、彼らの上部には二人の小さなプットーが舞っている。画面右奥には一人の天使が平鍋を火にかけている様子が見える。また、この作品のヴァリエーションとして、シェルブールのトーマス・アンリ美術館に所蔵される《聖家族》〔図14〕(注46)、および、ステラに基づいてルスレが制作した版画〔図15〕が残っている(注47)。どちらも、デイジョンの作品における右背景の天使を省いて、縦長の画面となり、ほぼ同じ聖家族のモチーフが繰り返されている。ステラによるこれら一連の《聖家族》について、従来の研究では、ラファエッロの《仔羊のいる聖家族》(1507年)〔図16〕(注48)との関連が指摘されてきた(注49)。ステラの絵における、仔羊に乗った幼児キリストと背後からそれを支える聖母という要素は、基本的にラファエッロの聖母子と一致しているし、聖母の身体の傾き加減、穏やかな表情、画面全体に浸透する柔らかな雰囲気も、ラファエッロに極めて近い。しかし、ステラの絵では仔羊は立って前に進み、幼児キリストは進行方向に顔を向けている一方で、ラファエッロでは仔羊は地面にべったりと座し、キリストは振り向いて背後の聖母と視線を交わしている点で、両者は異なっている。これに関して、1996年にスタンドリングは、ステラが、プッサンの《バッコスの養育》における幼児バッコスとニンフのモチーフを、幼児キリストと聖母マリアに転用した可能性に言及した(注50)。ここで改めてステラの聖母子〔図13〕をプッサンのバッコス〔図4〕と比較してみると、プッサンの絵を反転させて、幼児バッコスをキ-233 -

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