鹿島美術研究 年報第21号別冊(2004)
301/598

⑳ 中世絵画に描かれた〈異装〉の研究研究者:東京大学大学院総合文化研究科博士課程永井久美子1.『年中行事絵巻』に描かれた〈異装〉『年中行事絵巻』は、今日、江戸時代の模本でのみ伝わる絵巻であるが、平安末期の京の様子を伝える資料として、貴重な作品の一つである。この絵巻が伝える行事の中に、祇園御霊会、および今宮祭がある。描かれている院政期の祇園御霊会や今宮祭は、現代の祭に形が定まる以前の古体のものであり、絵巻から、当時の行列における装束等を知ることができる。祇園御霊会や今宮祭の装束の中でも、特に目を引くのは、各種のかざりを付けた風流笠の数々である。院政期における意表をついた各種の笠の意匠のあり方が、今日、具体的に伝わっているのは、『年中行事絵巻』において描写されている点によるところが大きい。今回は、『年中行事絵巻』に描かれている祭の装束について、特に風流笠を中心に分析を行うものとする。風流笠のかざりについては、これまで佐野みどり氏の研究などがあるが(注1)、これまで意味や機能が十分判明していなかったかざりがいくつか存在していた。そこで本研究では、『年中行事絵巻』巻九、巻十一、および巻十二に描かれた祇園御霊会と今宮祭の装束に見られる風流笠について、かざりが何であるか判明していなかったものを明らかにし、さらに、風流笠をはじめとする、祭の日の〈異装〉を記録するということが、『年中行事絵巻』の場合、果たしてどのような意味を有していたのかを問うてみたいと思う。巻十二、祇園御霊会馬長の一行の場面に描かれた風流笠の中には、楕円形のかざりを付けたものが見られる〔図1、右下の部分〕。まず、これが何であるかを明らかにしたい。『年中行事絵巻』原本の内容を伝える模本は複数あるが、最も多くの巻を写し残しているのが、〔図1〕で挙げた、住吉如慶・具慶父子による模本、いわゆる住吉本である。ただし、この住吉本では、楕円形のかざりは何であるのか、明確には描かれていない。一方、住吉本とは別の系統の模本に、天明年間に模写された京都大学所蔵本が存在1 -1.酒瓶の笠-292 _

元のページ  ../index.html#301

このブックを見る