する。この京大本は、住吉本よりも制作年代は100年近く下るものの、住吉本にはない段が残されているなど、貴重な模本の一つである。京大本の祇園御霊会馬長の一行の場面を見てみると、住吉本では、ただ楕円形をしているだけと思われた笠は、酒瓶の形状に描かれていることが分かる〔図2〕。この部分に関しては、住吉本では不明瞭になってしまっていた部分が、京大本の系統においては、瓶の口の部分をはじめ、この場面が詳細に模写されて伝わったものと考えられる。酒瓶のかざりをあしらった笠の例は、『年中行事絵巻』において、他にも数例ある。例えば、巻十一の稲荷祭の場面においては、酒瓶のほか、銚子、折敷がかざりとして付けられた笠を見ることができる〔図3〕。このことからも、〔図l〕の笠のかざりが、原本において酒瓶であった可能性は高いだろう。なお、酒瓶のほかにも、笠の突起部分を高盛飯に見立てて、食物に関するかざりを作っている例を、『年中行事絵巻』には3箇所見ることができる。祇園御霊会馬長の一行の中には、高盛飯に箸を突き刺した風流笠のほか、高盛飯の周囲に惣菜の小皿を並べたかざりの笠〔図4〕を見ることができる。椀飯と小皿をあしらったかざりは、稲荷祭の行列の中にも同種の笠が見られる。笠の凹凸を酒瓶や椀飯に、あるいは笠全体を高坪に見立てたりする手法は、笠の原型を活かして、どのような造形を生み出せるかを競ったものであろう。笠という素材で、どれだけ意外性をもったかざりを作ることができるかという遊戯性への志向をここに認めることができる。元々の素材と生み出される形象との間の意外性を好むという行為は、現代も別府浜脇温泉その他に残る、風流見立て細工などにもつながる流れである(注2)。また、酒瓶や高杯の食物などを見立ての対象として選んだ背景として、単に笠の形から連想されやすいということばかりでなく、佐野みどり氏も論じているように、神事の後、神酒・神餌を頂き、霊力を授かるという、神人共食ないし直会の意味を指摘することができる(注3)。今回確認したかざりが、酒瓶の造形であることの背景には、祭における神人共食を、かざりにおいても再現しようとする動きが、祇園御霊会と稲荷祭にあったことを挙げることができる。1-2.的と矢のかざりの意味巻十二、祇園御霊会の一行の場面には、前節で酒瓶であることを指摘したかざりの他に、折れ矢の刺さった的をかざりとした風流笠も見ることができる〔図1〕。これと同型の風流笠もまた稲荷祭の行列に見ることができる。この的と矢のかざりは、早-293 -
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